象潟を書いたついでです。あの松島を芭蕉がどのように綴ったか、比べてみたくなりますね。ここで、また、ちょっと書いてみますのでお読みいただければと思います。(自筆本も写真で 少々長いので2回ぐらいに分けて記してみます。
抑松嶋は扶桑第一の好風にして をよそ洞庭西湖を恥す
東南より海を入て江の中三里浙
江の潮(ウシホ)をたヽふ嶋々の数を尽して
欹(ソハタツ)ものは天を指ふすものは波に圃(ハラ)
匐(ハウ)あるは二重にかさなり三重に
畳(タタミ)て左りにわかれ右につらなる屓ル
あり抱(イダケ)ルあり児孫愛すかことし
なお、「屓ル」は「負ル」で<オエルアリ>と読むのだそうです。ここでは、あれでもないこれでもないと文章をおおいに推敲したのではと思われますがどうでしょうか???