2ヶ月の間に渡って、長編の「長恨歌」を、ほとんど毎日と言っていいほど、私流に少しづつ読んできましたが、ようやく、昨日で最終回に至りました。やれやれ、是から、又、「古代吉備国の3大美女」の続きを書こうと思ったいた矢先です。
またまた、例のお方からメールが届きました。
「なげえこと くだらん いらんことばあが ぎょうさんあったんじゃが まあ そげえに なごうは つづかんじゃろうと おもようたんじゃが ごくろうさんのことじゃったなあ。まあ いちおうは ほめてやる だけえど おめえ ようかんげえてみいや。」
と。続けて彼は言います。
楊貴妃の「此恨」みというのは「いってえ なんでなあ」。あれほど、国民を蔑ろにした政治しかしなかった「楊国忠」の専制政治を考えてみると、楊貴妃の「此恨」とは、一体、何だったんだろうか。恨みも何もないはずだと。
「白居易は、どうしてあげえあもんを けえたんじゃろうかなあ。まあ、そりゃあそうとして 楊国忠が どげえなことをしたんか おめえはしっとんか しりゃあへんのんじゃあ ねえかのう。」
まあ、そんな事をくどくど書いて寄こしました。この「長恨歌」を、よりよく理解するためには、更に、この上に、「杜甫の詩;麗人行」を読んでみる必要があるのだと教えてくれます。
早速、本棚を探しました。偶然にも、その「麗人行」がありましたので、又、しばらく、「吉備の美女」のお話は置いといて、これはあまり、長くにはならないと思いますが、ご紹介していきます。お付き合いください。