９．ファミレス ４

　月曜日の朝の一時。
　ファミレスはお客さんがまばらで静かだった。
　もうすぐ先生がやってくる。六十歳のおじいさんで、ひげを生やしていて、いつも出会いの素晴らしさや愛の素晴らしさを語ってくれる元先生だ。
　最近奥さんは病気で亡くなって、悲しみを酒で紛らわせているような感じだった。
　酒を飲むと奥さんを思い出すから講演に熱が入るとの事だった。
　週に一度先生がくるのをいつからか楽しみにしていた。
　月曜日の朝の一時に奥さんが亡くなったので、この日に講演が始まるのだ。
　ブラックスーツを来た先生がファミレスに入って来た。杖をついて、ひげを生やしていて、帽子をかぶっていた。外国の紳士のような格好をしているので、とても目立っていた。
　「ハローエブリワン。」気さくに挨拶をして、入ってきた。酒の匂いがした。
　帽子を脱いで、杖をおくとファミレスのソファの上に立って講演をはじめた。
　「愛というものはどういうものだろうか。言葉に言い表せないような、姿や形が見えないものではないか。その人の側にいるだけで、母親の手のようにじんわりと暖かくなるような感じが愛なのではないか。では、恋というものはどうだろうか。好きになって、恋という炎が燃え上がり、一時経つと夢から覚めるような感じで終わっていく。それが恋ではないか。」先生が一息ついてお辞儀をした。ファミレスがまるで、どこかのステージのように思われた。お客さんも先生の講演を熱心に聞いていた。それからいつものように奥さんの話になるのだった。
　「私とトキコが出会ったのは、四十年前、私は20歳だった。彼女は18歳でおさげ髪がとてもよく似合っていた。丁度戦争中でな。恋なんてしている暇はなかった。私が戦争から帰って来たら結婚してくれますか。と聞いたら、トキコは、あなたを信じてずっと待っています。絶対に戻ってきてください。と答えてくれた。」先生は、天井を見上げると涙を流していた。ハンカチを取り出して、涙を拭くと更に続きを話した。
　「私は、ずっとトキコの事だけを想って戦争に挑んでいた。死んでたまるか。トキコが待っている。トキコともう一度逢うまでは死ぬに死ねないと思った。」私達は週に一度同じ話しを聞いているのに涙が止まらなく溢れてくるのだ。先生の悲しみが分かるような気がした。
　「想いが通じたのか死なずに日本に帰って来れた。トキコは、私の事を信じてずっと待っていてくれたのだ。縁談の話もずっと断り続けて、私の為だけに待っていてくれたのだ。私はうれしくてな。彼女の前でずっと泣いていた。」ファミレス内がシーンと静まりかえり、すすり泣く声が聞こえてきた。
　先生も、酒がまわってきたのか。泣き崩れてテーブルにふさぎこんでいた。こうなると、先生の話しは終わってしまうのだ。十分くらいの講演だが、迫力をいつも感じる。
　講演が終わってしまうと、ただの酔っ払いのおじいさんに戻ってしまうのだが、これが可愛らしい所があるのかもしれない。
　それから、美人な女の人が必ず迎えに来るのだった。
　「おじいさん。帰りましょうか。」私達従業員が息を呑むほどの美人だ。おばさんと言える歳には見えないこともないだろうが、二十代後半と言われてもおかしくない容姿だった。
　「分かった。分かった。」足がもつれた紳士の先生は、美人な女の人に寄り添うように帰っていった。
　女の人が「皆さんお騒がせしました。」と丁寧な挨拶をして帰っていった。
　おじいさんの彼女なのか。娘なのか。従業員のみんなで賭けをしていた。私はおじいさんの娘の方に賭けた。
　あれほど好きな奥さんの話しをする人が、まさか彼女がいるはずはないだろうなと思ったからだ。
　私達は、先生の残していった愛の余韻みたいなものを感じて仕事にうちこんだ。