７．父親

　私は、小学生の頃、ただ、一度だけ万引きに付き合わされたことがある。付き合ったというよりその場所にいたといったほうがいいだろう。
　私の友達は悪かった。ケンという名前で、小学一年から、タバコを吸っていたし、金を盗もうと常日頃から考えていた。まさか本当に実行に移すとは夢にも思っていなかった。
　「マリの家にいこうぜ」真夏のとても暑い日に、何気なく誘われた私は、ついていくことにした。マリは女の友達で金持ちだった。
　「遊びに来たぞ」威張った口調でケンが言って、づかづかと家の中に入って行った。私も後をついて行くしかなかった。
　マリは何で来るのみたいな顔をしていたが、「どうぞ」と言って部屋に通してくれた。
　何気ない会話をした後、マリがお茶を注ぎに行くため部屋を出て行った。その間にケンが何を思ったのか部屋に置いてあった財布に目がいった。
　「おい、金盗もうぜ」小学一年の私には理解しがたい行動だったが、悪いことだと思って引き止めた。
　「やめろよ。怒られるよ」私の忠告を無視してケンは財布の中の二万円を盗んだ。私は、罪悪感に襲われ、マリに言いに言った。
　マリは、何も言わなかった。あきらめたのかなとその時は思っていたのだが、夜大変な騒ぎになっていたのだ。
　ケンの母親が私の家に来て、私がマリの兄の財布を盗んだことになっていた。
　事情を説明するために自分の父親とケンの父親と一緒にマリの家に行って散々こっぴどく怒られた。
　私の父親は、全部分かってくれていた。息子を信じてくれたのだ。うれしくて涙が出た。
　マリの家からの帰り、公園でケンの父親がケンを殴っていた。ものすごい勢いで頭を殴っていた。足で蹴ったりもしていた。ケンは泣きじゃくっていた。頭の形も変わるのじゃないかという勢いで殴られていた。ケンが私の父親を見つけて後ろに隠れた。
　「もうその辺でやめたらどうでしょう。ケン君も分かっていると思いますし。」私の父親が止めに入った。
　「うちの問題やから、入ってこんといてください」ケンを殴ろうといていた。私の父親が止めに入る。私の父親はごつい。体重は百キロくらいあり、パンチパーマをかけていた。ケンが後ろに隠れるとすっぽりと覆いかぶさるくらいでかかった。
　父親同士でケンカになろうとしたが、大人の会話で何とかうまくいっていた。長い夜を抜けて、やっと家に着いた。その間、父親とは何も話さなかった。話さなくても分かっていたのだ。もう二度とこういうことはしないだろう。犯罪を見たらすぐにでも忠告すると決めた。現在、二十四歳になるが悪いことは一度もしていない。
　ケンとは最近街角で再会した。なれなれしく遠くから私の名前を呼ぶので誰かなと思ったらケンだった。周りにはパンチパーマをかけた人が三人いた。
　「久しぶり」何を話していいか分からず適当に話した。ケンはやはりヤクザになっていた。昔から悪かったから当たり前といえば当たり前だが、それでいいのだろうか。
　帰る時、ふと私の父親の事を聞いた。
　「オヤジ元気しとるか？」
　「あぁぴんぴんしているよ」何気ない会話だったが、あの日の二人の父親の姿は印象深かったに違いない。私は、いい父親を持ったものだと誇らしい気持ちになった。
　帰ったら、あの日の事を父親と話してみようかな。