１８．蝉の声

　ミーンミーン蝉が鳴いている。頭の中でこだました。どうも最近蝉の声がとれない。まるで、頭の中に一匹いるみたいに鮮明に聞こえてくる。
　毎日毎日嫌になるほど働いている。一応ホテルのコックをしている。料理が好きな訳でもないが、働く口が無く仕方なくしている。
　最近、お客が多い。夏はビアガーデンと言って、ビールを飲む為だけの広場が設置してある。人が、どこから湧いて出たのかと思うほど多い。家のゴキブリ以上かもしれない。
　コックになってよかったと思う事がある。ウェイトレスの女の人と一緒に遊ぶ事ができるからだ。ビアガーデンの女の子は若くて独身が多いから誘うにはもってこいだ。今、一人目をつけている女性がいる。二十歳で独身の目が大きな女性だ。その子は、いつも料理を運ぶ時、テーブルを間違えて謝っている。その姿が健気でかわいらしいのだ。
　うれしい時は、大きな目が更に大きく開く。まつげも長い。マッチ棒が五本は乗るだろう。
　悲しいときもいつも笑っている。笑顔が素敵な人なのだ。笑っているイメージしか浮かんでこない。
　人に涙を見せない人なのだ。そういう時は、何とかしてあげたいと思う。
　この前も友達と事故った話を笑いながら話していた。こっちが涙が出そうになったが、彼女は悲しい顔して笑っていた。
　ビアガーデンがもうそろそろ終わる。私は帰る準備を急いでしていた。彼女を今日こそ誘うからだ。従業員のみんなが帰っていく。私と彼女が二人っきりになった。
　「今から、ご飯でも食べに行かない？」
　「えっ、どうしようかな」
　「いいやん。行こうよ」
　「今日は彼氏が来るので、また今度誘ってください」彼氏がいたなんて聞いてなかった。いたならいたで早く言ってくれればよかったかなと思った。
　彼女の彼氏が迎えに来ていた。今時の若者っていう感じだった。猿みたいな顔をしていた。サルと一緒に去るなどとくだらないジョークが頭に浮かぶと同時に、蝉の鳴き声が頭の中でミーンミーンとうるさかった。