「(コロナ禍を経て)ビジネス需要が減るのは間違いない。ただ今後、観光需要は急激に戻ってくる。そこを取り込むべく、LCCを強化していく」。こう話すのは日本航空(JAL)の赤坂祐二社長だ。6月末には、少額出資していた中国系のLCC、春秋航空日本(千葉県成田市)への追加出資と連結子会社化が完了した。
JALとANAで戦略に違い
さらに、中期的にはFSCとLCC間でどうすみ分けを図るかという課題がある。
全日本空輸(ANA)とピーチは8月下旬から、旅客便の共同運航(コードシェア)を始める。ピーチ運航便にANAの便名も付与され、ANA便として航空券を購入・搭乗すればANAのマイルがたまる。開始当初、対象となるのは成田―札幌線や中部―那覇線など5路線だ。航空券の販売は8月上旬開始予定で、価格面などの詳細は7月末にも公表されるとみられる。
JALはジェットスター・ジャパンと国内線で13年からコードシェアを実施しているものの、JALの国際線利用客がジェットスター・ジャパンの国内線に乗り継ぐ場合のみに限定している。春秋航空日本やジップエアとの旅客便としてのコードシェアは実施していない。コードシェアを通じ、FSCが抱える顧客をLCCにも送り込みながら、収益を最大化させる狙いのANAHDと、FSCとLCCがそれぞれで再成長を図ろうとしているJAL。この戦略の違いは路線設定に関する考え方にも見て取れる。
JALはFSCとLCCの路線網が重なるのはやむを得ないとの考えだ。「FSCとLCCでは市場性が全く違う。FSCでうまくいかない路線をLCCに移す、なんてことは成り立たない」(JALの豊島滝三取締役専務執行役員)。LCCは機材の稼働率をいかに高めるかが業績向上の鍵を握るビジネス。一定程度の需要がある路線でなければ成り立たない。レジャー需要が大きい路線であれば、FSCが就航しているかどうかにかかわらずLCCも運航する方針だ。
FSCとLCCの共存は容易でない
世界的に見ると、FSC傘下のLCCの成功例はほとんどない。米サウスウエスト航空や欧州拠点のライアンエアー、マレーシアのエアアジアなど世界のLCC大手のほとんどはFSCとの資本関係がない。
米FSC大手のデルタ航空やユナイテッド航空は00年代、相次いでLCCに参入したが、数年で撤退に追い込まれた。10年代はエアアジアが牙城を築く東南アジアでFSCが相次いでLCC事業に参入したが、コロナ禍のあおりを受けてタイ国際航空系のノックエアや、ノックエアとシンガポール航空系のスクートの合弁会社、ノックスクートなどが相次いで経営破綻した。ANAHDとJALのLCC戦略は異なるが、
どちらにせよFSCとLCCをグループ内で共存させるのは容易ではない。
さらに、FSCでは機内での飲食サービスや座席指定の有料化など、LCC的なサービスを取り入れる流れが世界的に進んでいる。
対面での手厚いサービスが忌避されてしまうコロナ禍を経て、その傾向はより一層強まる。ANAHDの片野坂社長も「FSCでこれまで『ダントツ』のサービス水準を目指してきたが、そのモデルを変えていかなければならない。ビジネス構造の変革が必要な本丸はFSCだ」と話す。機内サービスでFSCとLCCを区別しにくくなれば、あとは価格面や路線設定で差異化を図るしかない。このかじ取りは相当難しい作業だ。
相互送客など、グループのLCC間でどうシナジーを発揮するかも課題だ。
FSCであれば、例えばJALからJAL、あるいはJALから所属する航空連合「ワンワールド」加盟各社に乗り継ぐという客は多い。「マイル」の存在によって自社の経済圏に囲い込んでいる。
JALはLCC事業でも、北米に向かいたい国内客をジェットスター・ジャパンで成田に集め、ジップエアで北米に運ぶ、あるいは中国のインバウンド客を春秋航空日本で成田に集め、ジェットスター・ジャパンで全国各地に運ぶといった囲い込みを図ろうとしている。
ただ、LCC系の3社は予約システムが異なり、会員組織もそれぞれで抱えている。JAL幹部は「3社の路線を一括で検索できる仕組みを整え、予約はそれぞれのウェブサイトでしてもらう形でLCC間のシナジーを発揮したい」と話す。
グループ内で相互送客しにくい構造
ただ、LCCユーザーは価格志向が強い特徴がある。国際線の場合、FSCは往復の航空券を同じ航空会社内で購入するのが原則だが、LCCの場合はその縛りがほぼなく、行きと帰りで異なる航空会社を使う客も多い。世界の航空会社の航空券を横断的に検索し、価格を比較できる「スカイスキャナー」のようなウェブサイトを使いながら、自分に合った価格や運航時間帯、経由地などに応じて自由に航空会社を選んでいる。FSCに比べ、LCCはグループ内で相互送客しにくい構造だ。
そうした中でシナジーを生むには、グループ間での乗り継ぎに割引などのインセンティブを与える、あるいは乗り継ぎしやすい運航時間を設定するなどの取り組みが必要になるが、独占禁止法などとの兼ね合いもあってどこまで踏み込めるかは微妙だ。何よりLCCは、いかに航空機の遊休時間を減らすかという、機材繰りの巧拙が業績を左右する。グループ間の乗り継ぎを考慮に入れながらダイヤを設定するのは簡単ではない。
長期的に見れば、LCCというビジネスモデルのもろさをどう克服するかが課題となる。ピーチは21年3月期、売上高が前の期に比べ約7割減の219億円となり、営業赤字は359億円に上った。LCCはFSCに比べ、コストカットの余地が乏しい。危機時でなくても低コストを実現してこそ成り立つビジネスだからだ。