「無条件の日露平和条約」に見る、プーチン大統領の本音【寄稿・幸福実現党 及川幸久】
2018.10.17(liverty web)
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《本記事のポイント》
- 北方領土には1万6千人のロシア人が住んでおり、四島返還は非現実的
- ロシアにとって、北方領土は対中国拠点でもある
- 日本の国益を考えるなら、無条件の日露平和条約を締結すべき
ロシア政府はこのほど、14日から21日にかけて北方領土周辺で射撃訓練を行うと日本政府に通告。日本政府は「北方四島に関するわが国の立場と相いれない」と抗議している。
日露関係をどう考えるべきか。幸福実現党外務局長の及川幸久氏による寄稿を掲載する。
◆ ◆ ◆
「一切の条件をつけずに日露平和条約を年内に結ぼう」
こうした、プーチン大統領の大胆な新提案が話題になっています。
この日露平和条約については、5年前の2013年に行われた安倍・プーチン会談でも触れられました。私は、この首脳会談後の共同記者会見で、プーチン大統領が語った内容が今でも印象に残っています。
まず質問は、TBSの記者による次のような内容でした。
「北方領土ではロシアによるインフラの整備が進んで、ロシアの実効支配が強まっている。日本にとっては受け入れ難い。安倍首相はどう思うか?」
「プーチン大統領は、この政策を今後も続けるつもりか? この政策が領土交渉に対する影響について、どう考えているか?」
無難な答えをした安倍首相に続いて、この質問に答えたプーチン大統領は、明らかに怒っていました。
「私が注目したのは、記者の方が紙を読みながら質問したことだ。あなたにその質問をさせた人に伝えてほしい。この問題(日露間の領土問題)は、我々がつくったものではなく、60年前からの遺産だ。この問題解決のために必要なのは、信頼関係だ。あなたがその信頼関係づくりを妨害したいのなら、(あなたの質問のような)直接的な質問(相手に対する配慮のない質問)をすればいい」
ネットでこの映像を見ると、プーチン大統領の答えによって、その場が騒然としたのがわかります。ただ、その直後にプーチン大統領が重要なことに触れています。
「北方領土には、ロシアの他の地域と同じように、ロシア国民が住んでいる。我々はこの人たちの生活水準のことを考えなければならない」
ロシアが北方領土のインフラ整備をするなんて、とんでもないことだし、せっかく再開した領土交渉に水を差す――。こうした考えは、日本の一方的な見方です。
プーチン大統領の立場からすれば、モスクワも南クリル(北方領土のロシア名)も、同じロシア人が住んでいるので、生活をよくするのは当然の仕事です。「日本との領土問題があるから、ロシア政府は北方領土のロシア人にはサービスをするな」と日本人から言われることはがまんならないでしょう。
プーチン大統領から見ると、この記者だけでなく、日本政府はロシアに対して一方的であり、ロシアの立場を考えようとしていない、ということでしょう。
そこで、今回の寄稿では、日本の主張を脇に置いて、プーチン大統領の言い分について考えてみましょう。
北方領土で暮らしているロシア人
昭和20年の終戦時、北方領土には1万7千人の日本人が住んでいましたが、現在は1万6千人のロシア人が住んでいます。北方領土の土地だけ返還してもらい、住んでいるロシア人をどこか別の地域に移すわけにはいきません。北方領土に住んでいるロシア人にも、生活があり、人生計画があります。
日本政府が、北方領土に住んでいた日本人の墓参りをロシアに要求していますが、同じように、今、北方領土に住んでいるロシア人たちの家族のお墓もあるのです。墓も一緒に出て行ってもらうわけにはいきません。
北方四島は日本固有の領土であり、旧ソ連が日ソ不可侵条約(本当は日ソ中立条約)を破って、不法占拠したもの。確かに、「泥棒は盗んだものを返せ」というのは、日本の立場から見ると正論ですが、現実的でないという見方もできます。
現実は、新たな日露戦争で日本が勝つか、ロシアが国家破綻でもしない限り、四島返還は不可能だと言えます。戦争に負けたわけではないのに、1万6千人のロシア人を無視して、その土地を日本に渡したら、いくら支持率の高いプーチン大統領でも、大統領ではいられなくなるでしょう。
プーチン大統領の言い分は、「日本は『まず領土返還が先だ。それが日露平和条約の絶対条件だ』と言うが、そんな簡単ではない」ということです。
ロシアにとって、北方領土は対中国の軍事拠点
「日露平和条約を年内に結ぼう」
ウラジオストクの東方経済フォーラムでプーチン大統領がここまで言った理由は、この時のステージ上でプーチン大統領と安倍首相の間に座っていた、習近平国家主席に対するけん制であると考えます。
今、中国海軍が北極海に進出しようとしています。プーチン大統領は、中国のこの動きをおそれて、日露平和条約の締結を急いでいるのです。
中国は21世紀半ばまでに空母を複数建造し、シーレーンを支配する戦略です。そのシーレーンとは、東シナ海、南シナ海だけではありません。日本海から津軽海峡を通って、太平洋、そして北極海に向かうルートです。
その背景にあるのは、温暖化で北極の氷が減少して、北極海航路が利用できるようになったことです。中国にとって、急接近中の欧州連合(EU)との貿易で、このルートが最短コースになります。ここに中国海軍が展開することになれば、ロシアの防衛は大変な危機に陥ります。
だから、プーチン大統領は、すでにオホーツク海に新型の原子力潜水艦を数隻配備しているのです。さらに、日本政府が抗議していますが、北方領土にも軍事基地を建設しています。
北方領土は、ロシアにとって対中国の重要戦略拠点になっているのです。
こうした国際情勢の中、プーチン大統領が日本に求めているのは、単なる平和条約ではないはずです。中国けん制のため、「日露安保条約」、「日露同盟」に発展するような関係を構築したい考えでしょう。
そうであれば、北方領土のロシア軍基地は、日本を攻撃するものではなく、中国の脅威から日本を守るものになり、プーチン大統領の新たな提案は、日露両国の国益につながります。対中国の安全保障こそ、両国にとって、領土問題より優先すべきことであるからです。
ところが、領土問題を優先しようとすると、北方領土が日米安保条約の適用範囲となり、米軍が進出できることに。オホーツク海のロシア海軍は米軍に常に監視されることになります。そうなれば、日露平和条約を結ぶことは極めて難しくなります。ましてや、日露安保などあり得ないでしょう。
主権国家としての決断を
プーチン大統領は、「主権」という言葉を頻繁に使います。実は、この点はトランプ大統領と同じです。
プーチン大統領が意味する「主権」とは、他国に依存することなく、自分たちで決められる政治力、経済力、軍事力を持っていることです。その意味では、アメリカに依存する日本は、プーチン氏の意味する「主権国家」には当てはまりません。
例えば、2014年、プーチン大統領がクリミアを併合したことで、オバマ政権がロシアに経済制裁を科し、安倍政権はその制裁に追随しました。
その後、安倍首相は、北方領土での日露経済協力で領土問題を解決させようとし、プーチン大統領の初来日を実現したのですが、プーチン大統領は、来日直前に、読売新聞のインタビューでこう答えています。
「日本はロシアへの制裁に加わった。制裁を受けたまま、どうやって経済関係を新しい、より高いレベルに発展させるのか? 日本はどの程度、独自に物事を決められるのか」(2016年12月13日付読売新聞)
これがプーチン氏の本音でしょう。
世界は、トランプ大統領によって、また、習近平主席によって大きく変化しています。日本も「主権国家」に変わり、国益を優先するならば、プーチン提案を前に進めるべきではないでしょうか。
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2018年9月29日付本欄 プーチン提案の「日露平和条約」で中露を引き剥がせ
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2018年9月14日付本欄 プーチンの「平和条約」提案 "魔の中露同盟"止める最後のチャンス!?
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筆者
及川 幸久
(おいかわ・ゆきひさ) 1960年生まれ。上智大学文学部、国際基督教大学行政大学院修了。米メリルリンチ社、英投資顧問会社勤務を経て幸福の科学に出家。2012年より幸福実現党外務局長を務める。YouTubeに「及川幸久のトランプ・チャンネル」、Twitterでは「トランプ和訳解説@及川幸久」を開設し、トランプ情報を伝えている。著書に『あなたも使いこなせる トランプ流 勝利の方程式 ―考え方には力がある―』がある。