九州の片田舎だったので、進駐軍とも縁は無かったのです。
ですから、いわゆる外国人を見る機会はありませんでした。
動く外国人を始めてみたのは映画です。
もしかすると高校に入ってからかも・・・
「円卓の騎士」という映画です。題名は覚えてるけど内容は全く・・・
ついでに映画ですが・・・
村に立派な劇場(芝居用)がありましたが、運動場に白い布を張って映画の上映もあったような・・
覚えている映画があります。「死の街を脱れて」
調べてみたら、1952年製作とありました。そうすると、中学の時・・?
学校からみんなで見に行ったような・・・。
たしか、若尾文子のデビュー作?・・勿論、端役です。
でも、覚えています。
初めて外国人と話をしたのは何時だったか・・・?
英語を本気でやろうと思った契機があります。
あれは、40年以上前のことです。
京都の宝が池にある京都国際会館でアジアで初めての国際昆虫学会が開かれたのです。
参加登録料が5万円。海外の会議に出かけることを思えば、安いものです。
それで、参加することにしたのです。
でも、当時の5万円は大金です。
それで、同僚と折半で・・・途中で交代。
名札を付けてないと会場に入れないので、いったん帰って、名札を渡し、私に成りすまして会場に入る算段・・せこい話ですね。
続く・・・
・・・