昨日の山崎家で、明治天皇の寝所となった部屋には、戦前は家人といえども入れなかったそうで・・・それで思い出したのです。
ここにこんな写真があります・・・
これは、昭和5年に時の天皇陛下が茶業試験場を訪れた時のものです。
右に小さく人の行列が写っています。先頭が陛下・・?
恐れ多くも頭を上げることが許されなかったので、このあたりだろうと見当でシャッターを押したのが、この写真だそうです。戦前は、そんな具合だったのですね。
松林の中の左、幕で囲ってあるのが休憩のための御座所。
昭和41年、台風で倒壊するまで当時のまま、机や椅子もそのままに残っていたのです。知る人もなく・・・思えば大変貴重な建物だったのです。場所もいいところです。いまは、跡が残ってるだけ。
これは、昭和44年、2月だったような・・・当時の皇太子殿下が茶業試験場を訪れたのです。妃殿下は体調の加減で、お一人で・・・
この時、わたしはトイレの番をしてました。大変重要な役割でした。
そして、平成6年、天皇皇后両陛下が、また茶業試験場を訪れてくださった。
宮内庁は、以前訪れているので、と少し難色を示したそうですが、石川知事が薦めてくださって・・・
4月、まだ桜が残っていました・・・
この写真を見るたびに、鼻の奥がツンとします。
茶業試験場には農林短期大学校茶業分校が併設され、20名ほどの学生がいました。みんな皇室など眼中にないと言ったやんちゃ盛りの若者。もしものことがあってはいけないと、当日は校外実習ということに・・しかし、宮内庁から陛下は若い人達に関心をお持ちなのでぜひ場内にと。
取り敢えず、茶畑の横の桜の木の下に整列していたのです。
通りかかった陛下が前列の数人に声をかけられました。
そしたら、あのとき体調がすぐれずお声が出にくかった皇后陛下が、顔を差し込むようにして後ろの生徒一人ひとりにも声をかけてくださった。
あとで聞いたら、全員金縛りにあったようで、身動きもできず、頭も真っ白・・何と答えたか記憶にないとか・・・
でも、人生最高の一瞬だったと。
この場面は、この写真で見るだけですけど、その場にいたような気になります。いまでも・・・
もう28年も前の話です。
その後、二度ほど皇族の方を博物館でご案内したことがあります。
貴重な写真もあるけど、のっけるのはまずいでしょうね・・・
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