左目まぶたの裏に、「ものもらい」のようなものができて、眼科に行きましたよ。
土曜日の午後ともなると、開いているところが少ないのです。
開いているのが分かっても、コンタクト処方専門の眼科だったりして、見つけるのに苦労しました。
ま、無事に行って、患部の処置をしていただいて帰ったのですが、眼科で、珍しく眼帯を当てたいただいたのです。お医者様は「しなくてもいいんだけどね~、病識というか、自分が病気なんだという自覚と、周囲の人に病気なんだということを知らせるという意味で。ま、20分もしたらはずしていいから」とおっしゃったのですが、珍しいので子どもたちに見せてやろうとそのまま帰りました。
すると。
はるどんは、お父ちゃんの顔を見るなり、
「お父さんの目が! 見えなくなるの? なくなるの? いやぁ~!!!!」と号泣。
ぷくは、お着替えの最中で、ズボンを抜いだまま厳寒に迎えに来てくれて、そのまま呆然と見ています。
妻に病状の説明を先にしたものだから、子どもたちのパニックに輪をかけてしまいました。
ぷくは泣きこそしませんでしたが、心配そうに見ていました。
はるどんの嗚咽、まさしく嗚咽ですな、嗚咽は、なかなか収まりませんでした。
悪かったなあと思う一方で、こうやってすぐに眼帯をはずしてもとのとおりになる姿を見ておけば、本人がそういうことになっても、あんまり落ち込んだり、不安になったりしないかなと。
そういえば、中学だか高校のときにも、まぶたにナントカ粒腫というのができて、切開してもらいましたが、あの時も眼帯でした。
目が弱いのでしょうか。
土曜日の午後ともなると、開いているところが少ないのです。
開いているのが分かっても、コンタクト処方専門の眼科だったりして、見つけるのに苦労しました。
ま、無事に行って、患部の処置をしていただいて帰ったのですが、眼科で、珍しく眼帯を当てたいただいたのです。お医者様は「しなくてもいいんだけどね~、病識というか、自分が病気なんだという自覚と、周囲の人に病気なんだということを知らせるという意味で。ま、20分もしたらはずしていいから」とおっしゃったのですが、珍しいので子どもたちに見せてやろうとそのまま帰りました。
すると。
はるどんは、お父ちゃんの顔を見るなり、
「お父さんの目が! 見えなくなるの? なくなるの? いやぁ~!!!!」と号泣。
ぷくは、お着替えの最中で、ズボンを抜いだまま厳寒に迎えに来てくれて、そのまま呆然と見ています。
妻に病状の説明を先にしたものだから、子どもたちのパニックに輪をかけてしまいました。
ぷくは泣きこそしませんでしたが、心配そうに見ていました。
はるどんの嗚咽、まさしく嗚咽ですな、嗚咽は、なかなか収まりませんでした。
悪かったなあと思う一方で、こうやってすぐに眼帯をはずしてもとのとおりになる姿を見ておけば、本人がそういうことになっても、あんまり落ち込んだり、不安になったりしないかなと。
そういえば、中学だか高校のときにも、まぶたにナントカ粒腫というのができて、切開してもらいましたが、あの時も眼帯でした。
目が弱いのでしょうか。