「智志、あのね、急いだら駄目よ。急いでいたら、周りが見えなくなるのよ。
周りが見えなくなると、何も気付けないのよ」
中学生の頃に、母に連れられて出掛けた、森を散策ウォーキング大会で、ゆっくり歩くのが
面倒くさくなって走りだした僕に、母が言った言葉を、ふいに思い出した。
僕は四国に渡るルートの選択に迷っていた。
羽田から高松空港までは、1時間15分。
新幹線だと高松駅まで4時間30分。
子供の頃の遠足の前日みたいに、高揚してしまう。
どんな日程でも計画できる。フリーターの強みだ。
僕は新幹線と、在来線で阿波池田経由で、祖谷入りするルートに決めた。
僕の優柔不断は、今に始まったことではない。高校生の頃、初めて彼女が出来た。
彼女はクラスでも目立っていて、社交的で、人気者だった。
「サトシは、ちょっと優柔不断なんだけど、なんか守りたくなって、好きよ」
僕は普通に嬉しかった。
彼女は僕の優柔不断は見抜いていたが、僕が恋愛に於いて奥手であったことは、知らなかった。
そして、僕は時々自分でも説明の付かないような、行動をすることが多々あった。
彼女は、僕の母が仕事でいない留守を狙って、僕の家に遊びに来た。
僕達は雑誌を見たり、ゲームをやったりしながら、デートらしき時間を、楽しんだ。
「サトシ、あたし帰るわ」
彼女はそう言って、突然に立ち上がった。
僕もマンガを閉じて、立ち上がった。
彼女は、僕の顔を暫く憂い顔で見つめていた。
そして、突然僕にスルリと抱きついてきた。
僕はびっくりして、何をどうすれば良いのか、さっぱり分からなくなって
思わず彼女の両肩に僕の手を添えて、彼女の肩をポンポンと軽く叩いてあげた。
彼女は一瞬固まってから、すぐに僕から離れて後退りながら、そのままドアを開けて
真っ赤な顔で振り向いて僕に言った。
「サトシなんか、もう知らない!」
僕の恋はすぐに消滅した。
東京駅を発車した新幹線は、朝方の淡い冬の空色を背景にして、駆け抜けていった。
シートを少しだけ倒し、僕はしばらく浅い眠りに着いた。
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