祖谷山の師走。
今年はいつもと違う年の瀬を迎えておりました。
標高800メートルの山里に住む、恒例のお爺さん。お婆さん。
お爺さんは、囲炉裏に座り、お婆さんは外でスコップを片手に勤しんでおりました。
『ばあさんは、何をてんごのかわしよんぞ?』
「まっこと、爺さまは動かんの、そんがにじーと、ひんがらひんじゅう動かんと、
尻もたいがいに、いとうならんのかえ?」
お婆さんは、屋根から落ちて固まっている雪の固まりを、スコップで叩いておりました。
『なんちゃあ、痛いことやないわの、いちにち座っていたいんなら、
奈良の大仏さんは今ごろ立ちって暴れよるわ!』
「まっこと、理屈だけはナンボでも出てくるの」
『ばあさんじゃわ、そんがに雪の固まりいろベタって、なんちゃにならんわ、
そんがな氷は、お天とうさん当たったら、じきになしんなるんじゃ、それをてんごのかわと言うんじゃわ』
なんだかんだと言いながら、太陽は沈み、夕刻になり、冬の極寒の夜の静寂に包まれて行きます。
お爺さんはテレビのニュースを見ながら、台所で片付けをするお婆さんに言いました。
『ヒデオと、ジョージからは、なんぞビンはあったんこ?おらには、なんちゃあ言うてこんぞ!』
「爺さんは、耳遠いきん、あれらもワタシにしか、言うてこんわの」
『正月は、もんてくるっていよったか?』
「こないだから、何べんも言よるわの、まっことなんちゃあ聞いてないのー、爺さんの耳は、ないんといっしょじゃの」
『おらの耳は、あるわの!耳あるきん、婆さんのくそねんごも聞こえるんじゃわ!』
「ヒデオもジョージも今年はもどらんのじゃと!」
『なんでもんてこんのぞ、なんぞ嫁さんに言われたんこ?』
「ちがうわ、コロナじゃわ、コロナウツシタラいかんきん、今年はもんてこんとっ」
『コロナって今、テレビで日に日にいよるやつこ?』
「そうよの、日に日に死んどるわの!」
『ほんで、ヒデオやジョージもうつったんこ?』
「うつってはないわの、うつっとったら、電話やこし、出来んわの!」
『うつってないんなら、なんで、もんてこんのぞ?正月にはやっぱり、
もんてきて、餅食うて、正月神さん祀りよったじゃないこ?』
「うつってはないけんど、うつっとったら私ら年寄りにうつして、
私らが死んだらいかんきん、もどらんのじゃと!」
『婆さんは、なにを言よんぞ?たいがいにゴジャア言えよ、うつる、うつらんやこし、誰が決めるんなら?
うつってないけんど、うつっとるか解らんやこし、そんがな、クソゴジャは、おらは聞いたことないぞ!』
「しらんまに、うつっとるんじゃと、ほんでオトロシイ病気なんじゃわ!まっこと、オトロシイ病気も流行るもんじゃわ」
『おららも、ほんなら、うつっとるか、わからんのこ?』
「わたしや、爺さんはうつってないわの!」
『そんがなことないわの、うつっとっても解らんのなら、おららもうつっとるか解らんわのー』
「爺さんよ、なんで私らが、ここでウツルン?在所の衆も誰もおらんようになって、
会うのは郵便の栗本のアニさんくらいじゃないかえ。解っていよるんかえ?」
『解っとるわの、人間にうつるんなら、おららもおんなじじゃわのー。
うつってない証拠は、なんぞあるんこー?婆さんは判るんこ?そんがに偉いんこ?』
「爺さんみたいにネンゴ言うきん、あれらも、爺さんには電話してこんのじゃわ!」
お爺さんは、ブツブツ言いながら、囲炉裏にまた、小さな枝を数本、入れました。
『おららにうつして、おららが死んだらいかんって、そんつらこと、なんちゃあ心配してくれんでも、
おららは、いつお迎えきてもいけるのに、まっこと、あれらは、要らん心配するのー。
もんたらええのにのうや、つまらん正月じゃ!こんがな正月は初めてじゃわ!なんちゃあ、面白いことない!』
と口舌を言いながら、お爺さんはテレビの漫才を見ながら、大声で笑い、笑い過ぎて、入れ歯が外れました。
囲炉裏の灰の中に落ちた、お爺さんの入れ歯を洗いながら、お婆さんはそっと呟きました。
『また、もんてこいよ……
それまで、頑張れよ…元気でおれよ』
草草
今年はいつもと違う年の瀬を迎えておりました。
標高800メートルの山里に住む、恒例のお爺さん。お婆さん。
お爺さんは、囲炉裏に座り、お婆さんは外でスコップを片手に勤しんでおりました。
『ばあさんは、何をてんごのかわしよんぞ?』
「まっこと、爺さまは動かんの、そんがにじーと、ひんがらひんじゅう動かんと、
尻もたいがいに、いとうならんのかえ?」
お婆さんは、屋根から落ちて固まっている雪の固まりを、スコップで叩いておりました。
『なんちゃあ、痛いことやないわの、いちにち座っていたいんなら、
奈良の大仏さんは今ごろ立ちって暴れよるわ!』
「まっこと、理屈だけはナンボでも出てくるの」
『ばあさんじゃわ、そんがに雪の固まりいろベタって、なんちゃにならんわ、
そんがな氷は、お天とうさん当たったら、じきになしんなるんじゃ、それをてんごのかわと言うんじゃわ』
なんだかんだと言いながら、太陽は沈み、夕刻になり、冬の極寒の夜の静寂に包まれて行きます。
お爺さんはテレビのニュースを見ながら、台所で片付けをするお婆さんに言いました。
『ヒデオと、ジョージからは、なんぞビンはあったんこ?おらには、なんちゃあ言うてこんぞ!』
「爺さんは、耳遠いきん、あれらもワタシにしか、言うてこんわの」
『正月は、もんてくるっていよったか?』
「こないだから、何べんも言よるわの、まっことなんちゃあ聞いてないのー、爺さんの耳は、ないんといっしょじゃの」
『おらの耳は、あるわの!耳あるきん、婆さんのくそねんごも聞こえるんじゃわ!』
「ヒデオもジョージも今年はもどらんのじゃと!」
『なんでもんてこんのぞ、なんぞ嫁さんに言われたんこ?』
「ちがうわ、コロナじゃわ、コロナウツシタラいかんきん、今年はもんてこんとっ」
『コロナって今、テレビで日に日にいよるやつこ?』
「そうよの、日に日に死んどるわの!」
『ほんで、ヒデオやジョージもうつったんこ?』
「うつってはないわの、うつっとったら、電話やこし、出来んわの!」
『うつってないんなら、なんで、もんてこんのぞ?正月にはやっぱり、
もんてきて、餅食うて、正月神さん祀りよったじゃないこ?』
「うつってはないけんど、うつっとったら私ら年寄りにうつして、
私らが死んだらいかんきん、もどらんのじゃと!」
『婆さんは、なにを言よんぞ?たいがいにゴジャア言えよ、うつる、うつらんやこし、誰が決めるんなら?
うつってないけんど、うつっとるか解らんやこし、そんがな、クソゴジャは、おらは聞いたことないぞ!』
「しらんまに、うつっとるんじゃと、ほんでオトロシイ病気なんじゃわ!まっこと、オトロシイ病気も流行るもんじゃわ」
『おららも、ほんなら、うつっとるか、わからんのこ?』
「わたしや、爺さんはうつってないわの!」
『そんがなことないわの、うつっとっても解らんのなら、おららもうつっとるか解らんわのー』
「爺さんよ、なんで私らが、ここでウツルン?在所の衆も誰もおらんようになって、
会うのは郵便の栗本のアニさんくらいじゃないかえ。解っていよるんかえ?」
『解っとるわの、人間にうつるんなら、おららもおんなじじゃわのー。
うつってない証拠は、なんぞあるんこー?婆さんは判るんこ?そんがに偉いんこ?』
「爺さんみたいにネンゴ言うきん、あれらも、爺さんには電話してこんのじゃわ!」
お爺さんは、ブツブツ言いながら、囲炉裏にまた、小さな枝を数本、入れました。
『おららにうつして、おららが死んだらいかんって、そんつらこと、なんちゃあ心配してくれんでも、
おららは、いつお迎えきてもいけるのに、まっこと、あれらは、要らん心配するのー。
もんたらええのにのうや、つまらん正月じゃ!こんがな正月は初めてじゃわ!なんちゃあ、面白いことない!』
と口舌を言いながら、お爺さんはテレビの漫才を見ながら、大声で笑い、笑い過ぎて、入れ歯が外れました。
囲炉裏の灰の中に落ちた、お爺さんの入れ歯を洗いながら、お婆さんはそっと呟きました。
『また、もんてこいよ……
それまで、頑張れよ…元気でおれよ』
草草