秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

梅雨

2007年06月24日 | Weblog
梅雨じめり 亀尻峠 静かなり

先日 梅雨ぐもりに亀尻峠に散策するが最近は歩く人も少ないようで
新しい熊の皮剥ぎが十数か所あった。

戦後の一時期地元の方たちはタバコの葉、ゴウシモ、ソバ等を担いでこの峠を越えて
高知の集落に出向きヤミ焼酎と交換して帰ってきていた思い出があると。
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梅雨

2007年06月14日 | Weblog
梅雨入りや 霧の流るる 西よぼし

今日もあまり降らず少雨、霧が流れる祖谷の山
新緑が雨に匂い光る。
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天女花

2007年06月08日 | Weblog
2006年7月2日撮影

里の江や 梅雨に濡れし 天女花

小説「天女花」に添えて、、、、、
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月08日 | Weblog
あとがき
落人伝説で、知られるここ東祖谷山村は、昨年の市町村合併を機に、東祖谷と名称を変えました。ある夜、村おこし「てんごの会」のメンバー達と、定例会をしていた時、古い地図を拡げて、誰かが言いました。「里の江って在所、昔はあったんじゃー」会話の記憶は曖昧ですが、消えた集落…?私の中で、一気にこの物語りが浮かび上がりました。毎晩、ひらめきのまま、メールで打ち、送信するという、一種無謀とも思える行為にて?と思われる箇所が、多々ありますことを、お許し下さい。
私は、小説の中に登場した菜々子のように、悠々自適の生活ではありませんが、昨年友人と私は、共に夫に先立たれるという、大失恋を経験しました。ありきたりの、ささやかな日常が、一気に自分の前から、摺り抜けて行きました。この哀しみを表現する言葉は、どんな辞書にもありませんでした。最後にホームページを提供して下さったM.iyaさん、お手数をおかけしました。有難うございました。書いている時間だけは、生きている事を実感できました。この物語を読んで下さった方々の、愛する人達が、永遠でありますように。
平成十九年SA・NE
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月08日 | Weblog
最終章
天女花
車は、西に向かって走る。佐野と書いた小さな標識が、出ていた。「これ、この道のずーと上に、営林署が抜いた道が、あるんじゃ。ちょっと道、悪いけど麓から歩くより、ずーと楽じゃけん、この道行くけん、辛抱してよ」ハンドルを必死で押さえながら、てらおが言う。一時間ほど、走っただろうか。大きな木の根元に車を止めた。「ここからは、歩かなきゃーダメなんだよね」てらおの兄さんは、なぜか、時々関東弁を喋る。「歩くって、どれ位」菜々子が、木切れを探しながら、聞く。「30分位。営林署の道なかったら、3時間はかかるぞ!」てらおは、自信満々に答えながら、暗い杉の中の道を、上がって行く。茂みの中から、山鳥がいきなり、音を起てる。江美は、一瞬立ちすくむ。後から、菜々子が喋りだす。「かなり、高いよ、この場所。下界の音なんか全然しないし、空気違うわーもしかして、あの木の向こうの明るくなってるとこ、あそこら辺、曲がったら、別世界とかー?」江美も、前方を見る。「正解!あそこまでがんばったら、雲上寺見えると思う。」「思うって?」菜々子がてらおを呼び止める。「わし、この道、前に来たことあるんじゃ、雲上寺っていうのは昔の呼び名」「昔の呼び名?」菜々子は、キョトンとてらおを見る。二人のやり取りを黙って聞いていた江美が、いきなりはしゃいだ声をあげた。「空と、かくれんぼしてるみたい~。綺麗。緑の葉っぱ、トトロの世界みたい。緑の中って、こんなにいい匂いだったんだー」「江美ちゃんが、言うと可愛いらしいなあー」てらおは、タオルで額の汗を拭きながら、前を指さした。一気に、駆け上がり、彼方を見て叫んだ。「やっぱり、宮の内の和尚さんの寺じゃー。十年前村に帰った時、ここに来たことある。」江美達も、駆け上がった。
彼方の畝裾の向こうに、寺の屋根が、西日を受け、キラキラと黄金色に、輝いていた。振り返ると、幾層にも連なっている、山々が眼下に見える。静かな、音のない世界。巨大な緑の中から、鳥の声だけが、飛び込んでくる。深い渓谷から、風がまっすぐに渡ってくる。江美は、健二の気配を、身体中で、感じていた。
「和尚さん、おるかえー、宮の内の和尚さん」てらおが、庭から声をかけながら、本堂に近づく。本堂は、綺麗に片付けられ、開け放されている。仏間には、ローソクが点され、お線香の香りが、庭に漂っている。中から、細面の小柄な、上品な住職がでてきた。住職の目が、江美を見て止まる。「おー、里さん里さんかー」住職は、目を潤ませている。てらお達が、訳が判らずに立ちつくしていると、母屋から五十才位の女性が出てきて、住職の肩を撫でながら、小さな声で、話し出した。「ごめんなさい、昔のことばかり…、最近調子が悪くて…」「和尚、ワシじゃ、てらおのヒデじゃー覚えとるかえ」てらおが和尚の前に、立つ。和尚の娘さんは、母屋に入って行った。「おー、ヒデさんか、なんなー、長いこと顔みせんかったなあー」和尚は、ハッとして、しっかりと三人を見る。四人は、縁側に座り、彼方の山々をそれぞれに見つめている。てらおは、江美が、ここに来た理由を、和尚に話した。和尚は、ゆっくりとした、口調で話しだした。庭の草の間を、温度の違う小さな風が、そよぐ。「ケン坊は、可哀相な子だった、生まれた時に、親父は隣村の後家さんの家にあがりこんで、帰ってこんかった。爺さん、婆さん、残された母親と四人で、暮らしていたんじゃー。母親は、温和しい人で、いつも隣村の後家さんを、憾んで泣いていた~。むごかった」江美は、和尚の顔をジッと見る。「母親の里さんは、ケン坊が十才の時、持病の心臓がもとで、亡くなった。婆さんも、すぐに流行り病で、死んでしもうて、爺さんも寝たきりになって…」「それで、つくし園に…」江美が、言葉を噛み締める。「里の江は?」てらおが、和尚を見る。「ワシがここで、なんで毎日お経唱えとるか、わかるか。ワシの、檀家だった里の江の在所衆の仏さんワシが拝まんかったら、誰が墓守りする?二十年前、ここには、ようけの、人間がすんどった。十件位の家族が住んどった。ここを通らなんだら、里の江には降りていけんかった。」「里の江は、消滅したの?」菜々子が、和尚を見る。「難しい言葉は、ワシはわからんけど、在所はなしんなってしもた。郵便も、佐野とか書いてきよる。ワシは、里の江じゃーていうのに、配達の若い奴、笑いよる」娘さんが、静かな物腰でお茶を、出してくれた。「番茶?」一口飲んで、江美が聞く。「番茶知ってるんですか、神戸の方が?」江美は、小さく頷く。
「健二さんはどんな子供だったんですか」江美が、小さな声で聞く「すぼっこだったのう。けど、優しい奴じゃった。」江美は、また曇り空を、仰いで涙を怺えた。「江美ちゃん、10分位降りたら、里の江だった場所が、あるんだって。行って見る?」娘さんと話しをしていた、菜々子が立ちあがる。江美も、そっと、立ちあがる。「やっぱり、似とる。最初見た時に、勘違いしてしもたんじゃー。その瞳、ケン坊の母親の里さんといっしょじゃあ。あれは、十年前だろか、ケン坊の爺さんの葬式に、ケン坊がここに一回だけ帰って来た時があった。その時に、ケン坊、今お嬢さんが立っとる場所で、ワシに言うたんじゃあ。和尚、俺はここに必ず帰ってくる。生活できる、男になって帰って来る。その時は、一生、一緒に生きて行く、一番好きな女連れて帰るから、和尚、それまでボケんと、墓守りしてくれっ!って。あんたか、あんたが、そうか、そうか、」和尚は、江美にそう言うと、声を出して泣きはじめた。娘さんが、また肩を撫ではじめる。「行こう」てらおが、立ちあがった。和尚が、手の平で涙を拭きながら、里の江の方向を指さして、ポツンと言った。「今の時期なら、ケン坊の好きな白い花、咲いとる筈じゃあ。」三人は、里の江に続く道を、降りた。彼方の山々に、霧が立ち上っていく。小さな畝を、曲がる。
なだらかな、草の斜面が、悠々と拡がっていた。夢の中で見た白い花が、一面に咲いている。一瞬、江美は幻を見た。大空に向けて、舞い上がった花は、天女に姿を変え、風に抱かれ、空に帰って行った。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月07日 | Weblog
第二十三章
それぞれの旅立ち
三人は車に乗り込んだ。江美の携帯がなる。てらおは、一旦エンジンを切り、タイミングを、ジッと待つ。「江美ちゃん、昨日からかけてるのに、やっと繋がったよ。電源、切ってたの?」マスターの声だった。数日しか、会ってないだけなのに、懐かしい。「江美ちゃん、どう、健ちゃんの故郷、みつかった?一人で、大丈夫だった?」声が、胸の奥にしみる。安心してしまう。マスターの横には、いつも健二がいた。思い出が、交差する。江美は、マスターに、今まで判ったことを、報告した。マスターは少しテンションをあげた声で、話しだした。
「江美ちゃんが、祖谷に出掛けたあとで、どうなったと思う?」「何が、どうなったの。急に聞かれても、判らないよ~」「あのさあ、のま簾の連中、健ちゃんの生き方で、目が覚めたんだって。保健所のシンさん、いつも飲んで愚痴ってただろう。同期の宮尾って奴と、うまがあわないって!シンちゃん、飲み会の席で、宮尾と言い争いになって、用意していた辞表で、宮尾の顔面叩いて、握り拳で、一発殴ったんだって」「すごーい」「それで、ギターひとつ持って、東京にいったよ。弾き語りして、のんびりメジャー、目指すって」
江美が、携帯電話を片手に、目をキョロキョロさせるので、てらおと菜々子は、目を合わせて笑っている。「それから、カズだよ、カズ!」マスターの声が、更にテンションを増す。「カズさあ、あいつ、徳島に帰るって」「えー奥さんの故郷に?」「奥さんが、前から趣味で焼いてたパン、自然何とかパン!」「マスター、それなら、天然酵母パンでしょう。前にみんなで、食べたよねー」「そう、そう、そのパンを故郷の水で造りながら、家族でペンション経営するって」「カズ兄さん、よく承知したわねー」「ゆうべ、焼酎飲みながら、あのヒョウヒョウとした顔で、言うんだよー」「なんて?」「家族が一緒なら、どこで生活しても、同じだよ。俺は、あいつと一緒になったんだから!」「カズ兄さんが~渋ーい 」江美が、電話に手を当てて、小さく笑う。マスターの声が、いつものトーンに戻る。「江美ちゃん、健ちゃんのこと、落ち着いたら、帰っておいで。みんな、待ってるから。じゃあ、また連絡するよ」電話を、切った。涙が、膝の上に落ちていく。後から、後から落ちていく。菜々子が、テイッシュを差し出しながら、てらおに言った。「江美ちゃんの、泣き虫なところが、好きだったんじゃーないのー健二さんっていう人」てらおが、エンジンをかけながら、江美に振り返り笑う。「こんな、おばさんには、なられんぞー江美ちゃん」車は、発進した。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月07日 | Weblog
第二十二章
雲上寺
浅い眠りのまま、江美は、朝を迎えた。夜中から降り出した雨の音で、時折目を覚ました。変な夢を見た。布団から起き上がってしまうと、忘れてしまいそうで、江美は暫く天井の電灯の小さな穴を見つめながら、思いだしていた。健二が、縁側に座って、白い花を見ていた。その格好が、可笑しかった。見たことのない、奇妙なものを、背中に背負っていた。竹ホウキの先を、ペッタンコにしたような形だった。「何、してるの~」江美が尋ねると、唯、こちらを見て微笑んでいる。一匹の小さな鳥が、健二の肩に止まる。鳥の毛は辛子色。鳥は、江美の方向に、一瞬まっすぐに飛んで来る。江美が、目を閉じた瞬間、鳥は真っ白な羽に変わり、大空に羽ばたいて行った。健二の姿も、消えた。泣きじゃくる江美の肩に、真っ白な羽が幾つも幾つも、落ちて来る。「私、夢の中でも泣き虫…」江美は、起き上がって、身支度をはじめた。昨日の女性の名前は、覚えた。地元の菜々子さん。夫に大失恋をして、娘さんが医大のお医者さんと結婚し、悠々自適の一人暮しって言ってた。菜々子さんが、昨日言っていた「てらおの兄さん」と朝の9時に、民宿の駐車場にて、待ちあわせの約束をした。駐車場に向かうと、菜々子が、白いハコバンの後ろに乗って、江美を見つけ、手をふっている。「オハヨー、少し顔腫れてる?」やっぱり腫れてるかなと、江美は、頬を撫でながら、車に近づく。運転席から、五十才位の男が、降りてきて江美を見て、軽くお辞儀をする。「はじめまして~てらおの兄さんです」小さな目で、気さくに笑う。「神戸から来ました、斉藤江美です」江美は、深々とお辞儀した。江美が、言葉を言いかけると、てらおは手のひらで合図を送り、話さなくてもいいという仕草をする。
「江美ちゃん、早速だけど、てらおの兄さんの知り合いに、東祖谷山村の物知りお爺さんが、いるんだって。今からそのお爺さんちに、行こう!」菜々子が、ガッツボーズを軽くとる。三人は、お爺さんの住む落合という在所に、向かう。ガタガタ道を、数十分走る。小さな茅葺き屋根が、坂の上に、見えた。三人は、坂の途中に車を止める。茅葺きの家の前で、真っ黒に日焼けした老人が、黙々と石を掘っていた。「吉時爺さんー」てらおの呼び掛けに、深いシワの老人が、ふりかえる。「おー、一番弟子のおでましかー」「爺さん、教えてほしい在所が、あるんじゃー」てらおの後ろで、江美達は軽くお辞儀をする。二人に気が付いた老人が、にやけた仕草で、てらおの肩を、つっつきながら言う。「お前、相変わらず嫁はおらんけど、野暮用には、モテるのー」「相変わらず、爺さんも口わるいのー」てらおが、髪を斯く「用事はなんな、ワシはお前らヒヨコとちごうて、祖谷のことなら、全部わかるぞー、祖谷ソバや、海を渡ってデリシャスじゃー」意味不明のダジャレに、江美は笑った。久しぶりに笑った。初めて会った人達なのに、懐かしい位の、優しい時間がすぎた。
お昼にしようと、菜々子が食堂に連れて行ってくれた。三人は、食事「山荘」の暖簾をくぐる。座敷の間に案内された。てらおが、一気にコップの水を飲みほして、吉時爺さんに聞いたことを、話しだした。さっき、菜々子は江美を誘い、吉時爺さんの石を見て、ぶらぶらしていた。吉時爺さんが、てらおとゆっくり話せたらと、菜々子の気遣いだった。「やっぱり、あの爺さんは、英語いうだけあって、よう知っとるわ」「どうだった?何て?何て?」菜々子が、テーブルを軽く叩く。江美は、両手を握りしめて、てらおの口元の動くのを、ジッと見る。「江美ちゃん、わしも、祖谷に帰って十年位たつけど、知らんかったわー。雲上寺のこと」「雲上寺?何それ」菜々子が、身を乗り出す。座敷の戸が開く。ソバのだし汁の香りが、漂う。綺麗な顔だちの女将さんが、三人の前にゆっくりと、ソバを置いていく。菜々子に軽くお辞儀して、出ていった。てらおが、先に割り箸に、手をかける。「ちょっと、お客さんが先でしょう!」菜々子が、てらおを睨む。江美が、クスッと笑う。菜々子が、不意に江美をジーと見て、口を開く。「なんでこんなに可愛いのに独身なの~笑うとでる右のエクボ、いいよね。小柄だし、無口だし、私の若い時と似てるわー」「どーでもええけん、ソバ食べながら、聞いてくれ、今の話し」てらおが、ソバを食べながら、忙しく話す。黙って聞いていた、江美が初めて口を開く。「雲上寺の話しは、健二さんから一度だけ聞きました。雲の上で生まれたって」江美は、小さくソバを啜る。「その雲上寺の場所が、判ったんじゃ!吉時爺さんが、その場所知っとった。雲上寺に行ったら、全部判るって。」てらおが、少し興奮気味で、ソバを完食した。菜々子が、ゆっくりとソバを完食し、箸を置き、江美に言う。「江美ちゃん、今日で江美ちゃんの中の答えがでるね。今から行って見よう。雲上寺。乗り繋かった船だから、沈没も一緒だよ」菜々子の優しい声の横で、てらおは、二杯めのソバを注文していた。江美は、泣きそうになる気持ちを、必死に堪えた。不意に窓の外を見る。小雨は止み、インクを落としたようなグレーな雲が、彼方に浮かんでいた。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月05日 | Weblog
第二十一章
祖谷へ
「役場前で降りたら、民宿もあるし、色々聞けるかも」
江美が、景色に夢中になっていた時、女性が振り向いて、話しだす。「役場?」江美がキョトンとした顔で聞き返す。運転手は、またミラーで後ろを見ながら、突然大きな声で、話しに入ってきた。
「あと、10分位したら京上に着くけん、役場の前で止まってあげるけん、民宿も旅館もよーけあるけん、そこで聞いたらええわー」運転手は、意気揚々でハンドルをきる。女性が振り向いて、運転手を指さし江美に目で合図して、眉間にシワをよせた。その仕草が滑稽で、江美はクスッと笑った。女性と一緒に、バスを降りる。江美は、自分がここまで来た目的を彼女に話した。初対面なのに、何故か彼女には、打ち解けて話せた。不思議な感覚がした。夕方まで暇だから、付き合うわと言いながら彼女は、手慣れた様子で役場に入る。人込みの中で、健二の背中を追い掛けたように、彼女の背中にぴったりとくっついて行く。役場の職員が、江美を好奇な目でチラチラと見る。産経課とプレートの掛かった前で、彼女は立ち止まり、四十代位の男性職員に、声を賭けた。「ちょっと教えてあげて、私でも知らない地元のことなんだけど」男性職員は、チラッとこちらを見て、何か急ぐ用件があるのか、面倒くさそうな顔で、近づいて来る。「知らない事って?」答えながら、江美を見る。「あのねー、この人、わざわざ神戸から来てくれたんだけど、彼女の探してる在所の名前、どこか調べてくれない。私、祖谷でずーと住んでるけど、初めて聞いた名前なのよ」彼女の声が、シーンとした管内に響く。別の課の職員が、ボソボソとこちらを見て何か言っている。バスの中で、この人と、出会えてよかった。こんな場面いち番苦手…江美は、女性の後ろで、視線だけを必死で受け止めていた。男性職員は、色々な大きさの地図を、無造作に受付のカウンターに、広げていく。「里の江…里の江…」口ごもりながら、目で追っていく。女性も職員の見終えた地図を、確かめるように、指先を滑らせていく。暫く、繰り返される。職員が、全ての地図を見終えて、最後の一枚を手からカウンターに、投げるように置き、肩を大きく上下しながら、言い放つ。「ない!ない!これだけ調べてないんじゃけん、よその村じゃないん!」江美を威嚇するように、見る。女性は、江美を見て首を少し傾けて目で合図をおくる。江美は、首を大きく横に降る。動かない山を、バスの窓から見た瞬間に、江美は確信していた。この村のどこかに、健二の生まれた場所がある。威嚇されようとも、引き下がる訳には、行かなかった。「商工会は、商工会なら何か判るんじゃない。電話してみて」女性が、電話を指さして、職員を見る。職員は、壁に掛かった大きな時計を、チラッと確認する。時刻は、5時を指している。他の課の人は、机の回りの片付けをはじめる。男性職員は、不機嫌な顔で、商工会に電話をかける。受話器をきり、女性に手を横に振り、手応えのなかったことを伝える。時折、こちらを見ていた、メガネをかけた上司らしい人が、ニヤッと笑いながら、近づいてきた。メガネの下の目つきに、江美は嫌な感じがした。親しげに江美達の前に立ち、口を開く。「里の江、里の江って、それは祖谷の里って、意味じゃあないんで~お嬢さんが、神戸で聞き間違えたんだろ~祖谷の里って言うたのをー。祖谷そばでも食べて、神戸に帰ったら、もう今日は、バスもないけんなあ~そばは、いっぱいあるわー」上司の言葉の終わらない内に、女性は江美の手をとり、役場の玄関を出た。一瞬、健二の手の感触に似ていた。「てらおの兄さんに、明日相談しよう!てらおの兄さんなら、何とかしてくれるわ」女性は、江美に近くの民宿を紹介してくれた。民宿『芳田』江美は、荷物を下ろす。西日はすっかり沈み、大きなタヌキの置物が江美を、迎えてくれた。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月05日 | Weblog
第二十章
祖谷へ
バスが、大歩危を過ぎた頃、橋の手前に、『東祖谷』と書いた標識が見えた。運転手は、手慣れたハンドルさばきで、左に曲がる。ほんの少し、江美の体が、右に傾く。バスは、右手に針路をとりながら、山に沿うように曲がりくねった道を、上に上にと登って行く。「空に続く道…」ふとそんな独り言が、口から零れた。かずら橋で、さっきまで乗り合わせていた、観光客と判る数人が、一斉に荷物をまとめ、下車して行く。乗客は、阿波池田から乗車していた中年の女性と、江美の二人だけになった。運転手は、チラッと後ろを見て、バスは発車した。かずら橋を過ぎた途端に、急に道が狭くなる。窓から入る風が少し寒い。長袖ニットの袖を、下ろす。「この道の先に健二の故郷があるの?」江美の心に不安がよぎった頃、右斜めに座っていた中年の女性が振り返って、江美に声をかけた。
見るからに、人のよさそうな方だった。「お仕事ですか?」「いいえ、ちょっと行きたい場所があるんです」「どちらから?」「神戸です」会話が気になるのか、運転手がミラーで後ろをチラッとみる。「今日は、どっかで泊まるんでしょう?」「東祖谷っていうところなんですけど、場所が判らなくて…」
そう言いながら、ふと前方を見た。丁度緩やかなカーブを、バスが左に少し曲がった途端、江美の視界にそれは、飛び込んできた。『動かない山』さっきまで、山を背景にコンクリートの建物や、色とりどりの看板が、目立っていた。それに気を止められて気が突かなかっただけ。確かに山は、存在した。動かない山々が、様々な緑色を放ちながら、バスの窓一面に、迫りくるように拡がっている。真っ青な空に、繋がっているような、緑の不揃いな稜線。大自然の胸に、抱かれていくように、バスは蛇行運転のように、そこに吸い込まれて行く。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月04日 | Weblog
第十九章
祖谷へ
江美は、阿波池田のバス乗り物にいた。ここから、祖谷行きのバスが出ている。途中で立ち寄った、つくし園の園長さんの言葉が、嬉しかった。
「健二さんのお骨を、どこに納めれば、一番の供養になるのか、主人と悩んでいたのです。どこが、健二君の故郷なのか、解らないんです。お願いします。これは、少し気持ちです。宿代にでもして下さい」
祖谷の旅行案内は、マスターが全部揃えてくれた。健二さんが、今の私を見たら、何て言うだろう。あの泣き虫江美が、一人で?強くなったなあーなんて、少しは褒めてくれるかな。でも一緒にいてね。バスに、乗り込む。それにしても、さっきのバス券売り場の人の、機嫌が凄く悪かったことと言ったら、私がかずら橋のずっと先って、どこですか?とか、いっぱい尋ねるものだから、途中の民宿にでも泊まって、聞いたらって、神戸の人のほうが、もう少しは、きちんと対応してくれるよねー健二さん。江美の胸は、高まっていた。健二の生まれた場所に行けること。育った場所に行けることが。「江美にだけは、見せたい場所がある」健二の、あの日の言葉を、信じたい。健二に出会うまでの私に戻っただけのことなのに、今は、違う。愛されたと言う真実が、ある。心は、一人ぼっちではない。健二と、過ごした二年の日々が、これからの私の肩を、押してくれる。絆は、身体でつくれはしない。絆は、お互いの愛情のくりかえしが、重ねた時間の中で、造りあげているものなのだ。健二は、それを教えてくれた。電話でマスターが話してくれた。「瑠美ちゃん、健ちゃんに振られていたんだって。故郷のイイナズケがみつかったから、一緒に故郷に帰って、星の数数えるって」瑠美ちゃん、綺麗な女なのって、聞いたんだって。そしたら健ちゃん、何て答えたと思う?
「クシャクシャ頭の泣き虫女」
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月03日 | Weblog
第十七章
祖谷へ
次の日、江美はマスターの、入院先の整形病院に向かった。四人部屋の窓側のベットに、天井を見つめながら、横になったマスターがいた。「アッ、江美ちゃん来てくれたんだ。悪いねー」「仕事終わったら、こんな時間になっちゃった。面会時間、8時までだよね」「昨日、あれから江美ちゃんに電話で色々聞いて、ずーと考えてたんだー健ちゃんが、自分のこと何も話さなかったこととか、僕は健ちゃんのこと、一番解っているつもりだったから、情けないっていうか、江美ちゃんは、何か聞いてたの?」江美は、黙って首を横に小さく振った。「情けないのは、私のほうよ、あの日に限って母親の付き添いに行くのに、アパートに携帯電話忘れて行ったから、健二さんが病院に担ぎ込まれたことも、何も知らないで、私って、何処までついてないんだろーって、馬鹿みたい」
「そういえば、江美ちゃんのお母さん、ずっと危篤が続いていたって、大丈夫なの?」マスターが少しだけ、ベットの上体を起こしながら、尋ねる。
「可哀相なんだよー。また死ねなかったの。この次今度みたいになったら、人工の呼吸器だって…」江美は、そっと俯いた。不意を突く様に、堪えていた涙が溢れだした。自分でも、押さえることの出来ない鳴咽が、消灯時間を待つ、病棟に、響き渡っていた。何の言葉もかけずに、泣かせてくれる、マスターの優しさが、うれしかった。「江美ちゃん、元気になったら、また店においで。その頃には、退院してると思うから」
江美は、病院の外に出る。二月の雨が、肩に冷たい。すべての感情を包みこんだ雨が、雫になって、アスファルトに落ちていった。

第十八章
祖谷へ
あれから3カ月が過ぎた。「太陽が昇り、太陽が沈み、それが繰り返されるだけ。自然の営みの中で、自分の感情を当て嵌めて、進んだ方向を、人は人生と言う。今日という一日の積み重ねが、一カ月となり、月めくりのカレンダーなら、12枚で一年が終わる。人生は、自分で創るものなんだ、宿命だとか言って誰かのせいにしてみたり、時間のせいにしてみたり、何回も後悔することが、当たり前のように、なってしまう。そんなの可笑しいだろう。俺、今マジで良いこと言わなかった?」いつか、健二が居酒屋で江美に言ったことを不意に思いだした(のま簾)の店を訪ねた。懐かしい顔が揃っていた。最初は、江美を気遣い健二の話はみんな、避けていた。店終いの頃、マスターが不意に口にだした。「みんなで、健ちゃんのお墓参りに、行こう。梅雨に入る前に」江美は一瞬マスターを見た。残っていた、カズ兄さんがきり出す「健ちゃんの墓は、何処にあるの?」「江美ちゃんは、聞かされてるだろー?」江美は、そんな事を思い突かなかったことに、初めて気が遣いた。また、健二の言葉を思いだした。「江美は、よく生活してこれたよ」江美は、スクッと立ち上がった。「私祖谷に行って来る」。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月03日 | Weblog
第十六章
祖谷へー
「江美ちゃん、今日はごめんよ。一緒にそっちに行けなくて」
「マスターこそ、ヘルニア大丈夫?まだ動けないんでしょう」
「参ったよ、健ちゃんとの最期のお別れに、参列出来なくて、昨日から男泣きしてるよ。江美ちゃん、葬祭場わかったの?」
「うん、高速バス降りてタクシーに乗ったの。三加茂って所。なんか今朝から何してるのか、夢の中にいるみたい。アッ、終わったみたい。また後でかけるね」江美は慌てて、携帯をバックに入れる。葬祭場の中から、まばらに参列者が出てきた。江美の傍にさっきの中年の係員が、近づいて来た。
「あのう、失礼ですが、神戸からおいで下さった方ですか?」さっき、江美が受付で書いたカードを手に、係員が、お辞儀をする。
「はい…」江美が、小さな声で返事をする。「遠方を来て頂きまして、中に入って休んでいって下さい。軽い食事の用意が、出来てますんで。でないと、園長に私のほうが叱られますー。お願いします」また、お辞儀を繰り返す。
「園長?」
「はい…今日の葬儀の喪主なんです。つくし園の園長さん…」江美は、初めて聞いたその名前の、意味が解らないまま、一瞬キョトンとする。江美は、男の勧めるまま中に入る。
テーブルが列んだ、部屋に通された。ペットボトルに入ったお茶と、オードブルが並べられている。知らない人ばかり…江美はテーブルの一番端の椅子に、少しあさめに座る。瞬く間に椅子が、、うめつくされていく。つかの間の静寂が、はしる。白髪まじりの、六十を超えた位の小柄な女性が、前に立って、深々とお辞儀をする。周りをもう一度見渡して、ゆっくりと挨拶を始めだした。
「本日はお寒い中、島田健二君の告別式にご参列下さり、有難うございました。健二君はわたくしどもが、去年まで運営しておりましたつくし園の、十六年前の児童の一人で、ございました。十二才の時、今は泣き先代の母が園長をしている時、児童相談所の方が、お世話して下さり、つくし園にきたと、母の日記に残されておりました。健二君は、中学を卒業してからも、つくし園に毎月、仕送りを続けてくれておりました。つくし園にきてから、健二君は、先天性心疾患が、見付かりまして、やはり、最期は心不全という、可哀相な亡くなり方を、されましたが、健二君のお志しを有り難く受けとりまして、本日の葬儀の運びとなった次第でございます。健二君には、身内の方がおられません。お骨は、暫くわたくしどもが、手元におきまして、折々、考えていこうと思っております。
長い挨拶となってしまいましたが、本日は誠に有難うございました」長い挨拶が、終わった。江美は、しばらく硝子窓から見える、土手を見ていた。身体ごと、いきなり海に放り込まれたような、感覚が走る。曖昧だった、誰もしらなかった健二が、この町の片隅にあった。風の行方が、江美の中で、ひとつになった。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月02日 | Weblog
第十五章
回想夜明け前
激しい風が、木造建てのアパートの壁を、少し揺らす。江美は目を覚ました。豆電球の明かりが僅かに揺れている。視界の中に、映ったものが、暫く曖昧になる。健二が居る。壁にもたれて、江美を見て小さく頷いて微笑んでいる。江美は、さっきまでの記憶を整理する。雨音が、激しい。「江美、少しは楽になった?」聞き慣れた健二の声が、動悸のように、胸いっぱいに広がっていく。「うん、頭少し痛いけど大丈夫」江美が、小さな声で答える。壁の時計が、12時を少しまわっている。「今、台風の中心淡路島だって」健二がテレビをチラッ見て、小声で言う。「私、すごく迷惑かけちゃった。あのままだったら、倒れてたかも知れないね。ゴメンナサイ」江美は、額にあてられた冷たいタオルを右手でそっと床に移した。「江美のごめんなさいは、百回聞いたから、もういいよ。それより、江美のマユゲ、繋がってるよ。たまには手入れしたら?」健二が江美の頭の上で、人差し指を走らせながら、小さく笑う。「こんな時に言わないでよー」江美は、布団の中に顔をもぐらせる。「江美、テレビ観てごらん」布団を指でつつきながら、健二の声が、はしゃいでいる。「さっきから台風情報の合間に、日本の秘境って番組適当に流れてるんだ、今から四国がでるよ」健二の声に、江美は布団の中からブラウン管を覗く。クラシックのメロディに乗せて、江美にも見覚えのある風景が、映しだされる。「あっ、ここバス遠足で高校の時に行ったよ」江美が布団の中から右手を出して、健二の腕を思わず掴む。健二は江美のその手を右手でそっとつつんで、じっとブラウン管をみつめてる。ゆっくりと揺れるかずら橋が、画面に映っている。健二は、暫く黙っていた。「健二さん、行ったことない?市内から近いでしょう?」健二は、チラッと江美を見て、声のトーンをさげて、小声で言う。「健二さんは、もういいよ。健二ってなんで呼び捨てにできないかなあー江美は、ホントに優等生だなあ。」「だって、付き合ってないもん」江美が、少し拗ねてみせた。繋いだ指を、健二は強く握りなおして、ぽつんと言った。「江美、祖谷って、知ってるか」「イヤ」「うん、江美のイントネーションおかしいよ。イヤーじゃなくて、普通に祖谷って言ってごらん」「健二さんは知ってるの。イヤのこと」江美は、健二の横顔をみつめる。「生まれたんだよ。ここで、かずら橋のずーと先の、山のてっぺんで」健二はまた小さく肩を上げる。「健二さんは、市内で生まれたんでしょう。仏壇店の家出した一人息子、イヤで生まれたって、テレビに、調子合わせて、からかわないでよ」江美は、指で髪の毛を少しずつといていく。「里の江」ぽつんと健二が言葉を放つ。「江美の江とおんなじ、里の江で生まれたんだ。」健二のこんなに真剣な眼差しを見たことが前に一度だけあったことを、江美は思いだしたていた。公園でみた外灯の満月の記憶が、甦る。江美はゆっくりと身体を起こす。江美の肩に、さりげなく健二は、バスタオルをかける。「江美、連なる山って、見たことあるか、山が自分の目の前で、動かないんだよ。緑の匂いが、一面に拡がるんだ。谷間から、風が空に向かってまっすぐに吹いてくるんだ」江美は、黙って健二の話しに頷いている。台風は、通り過ぎていた。少しの沈黙が二人を包む。テレビは、台風の針路予想を、無音で流している。健二はまた小さな声で、ぽつんと言った。「雲上寺」「ウンジョウジ」江美が聞きなおす。健二は、壁にもたれたまま、自分の横に江美を手招きしてそっと手をとる。「江美、一緒に帰ろう」健二の澄んだ瞳が、江美をまっすぐに見つめた。「山の中で、ゆっくり歳をとっていくんだ、江美は、クシャクシャ頭のおばあさん、俺は、歳をとらない山の達人」健二は顔をまた傾けて、江美の頭を撫でて、クスッと笑う。「ズルイよ。自分もお爺さんにならなくちゃー」江美は健二の腕を、引っ張る。窓の外は、ゆっくりと淡いオレンジ色が拡がっている。「俺は、お爺さんには絶対ならないよ、江美のこと、ずっと守っていきたいから」健二は、江美を静かに抱き寄せた。夜明け前、二人は初めて、互いの体を確かめあった。


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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月01日 | Weblog
第十四章
台風の夜
江美は、アパートの布団の中にいた。朝から、熱っぽい。身体がだるい。バイトは休みをもらった。気休めにつけたテレビは、朝から台風情報ばかり。今日の夜中に、関西に上陸します。きれいな標準語のアナウンサが、天気図を、解説している。確か前に買って置いた、解熱剤が残っていることを、思いだし探してみる。風邪なんて、何年ぶりだろう。台風と風邪が、いっしょにくるなんて、ついてない。外にでる気力も残っていない。とりあえず、歯は磨き、顔を洗う。バサバサの髪形は、どうでもよかった。アパートの外にでなければ誰にも会わない布団の中で、ひたすらじっとしている。台風の余波なのか、薄い硝子窓が、輪ゴムで弾いているような、嫌な音をたてている。
熱が、下がらない。何も口からいれないで、ひたすらスポーツドリンクを、飲み続けている。夕方につれて、雨足が、ひどくなってきた。外が見えないように、カーテンを引く。外の外灯が、雨のカバーをかけられているように、いつもより、暗く感じる。どこかで、金づちを打つ音がするカーテンのすき間から、カッパを着て持ち家の周りの盆栽を片付けているのが、見える。すき間を、洗濯バサミで、もう一度とめる。″ドンドン″アパートのドアを、誰かが叩く。怖くなって、布団をかぶる。
「江美ーいるんだろう携帯の電源、切れてるよ」健二の声がした。なんで、この場所がわかったのか、紛れもない健二の、声だった。ふつうなら、髪でもといて、カギをあけるのだろうけど、熱で麻痺して、判断力がでない。江美は、チェーンをはずす。
「江美、大丈夫?それにしても、ヒドイ髪だなあー。嫁にいけなくなるよ。」
健二は、さっさと部屋に入ってきて、買ってきた果物とジュースを冷蔵庫に片付けていく「江美、薬のんだ?」「ないのー探したけど飲んでない」
「ほらっ、これ飲んで」健二は、横になった江美に、錠剤とコップに入った水をわたす。江美の右手に健二の手をそっと添えて、薬をゆっくりと江美のくちに、はこんでいく。
「暫く、眠れよ。熱下がるまで」
「健二さんは、帰るの「帰りたいけど、ギリギリで帰れなくなった地下鉄、台風で再開まで、時間見合わしているんだって。暫く雨宿りさせていただきます」健二は、畳に座り、膝をついてお辞儀をした。江美が、小さく笑った。健二は、アパートの壁に持たれて、江美を見ていた。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月01日 | Weblog
第十三章
回想結婚
瑠美の毅然とした眼が、脳裏から離れない。「変な女が、訪ねてきて、参ったよー!馬鹿じゃない。初対面の人に対してあれは、性格悪いよ。親の顔が観てみたい、どこが良くて付き合ってるの、男って、単純の固まり」健二に大きな声で叫べたら、どんなに楽だろう。聞きたいことが、ある時に限って、残業続きの健二に、会えない。携帯電話で話すには、内容が重たい。健二が、しつこい話しが嫌いなことは、久兄さんの話しを、ほとんど聞かず相槌を上手くうつ態度で解る。
「江美ちゃん、今日もひとり?」
テレビの台風情報を気にしながらマスターが聞く。
「あのね、みんなどうして、結婚するの?」「妻を亡くして、三年のヤモメには、ちょっとキツイ質問だなー僕以外の人に聞いてほしいなあー」マスターがカズの顔をチラッと伺う。「こっちに振ってくるかー、今日は口のかるーい人が欠席だから、たまには、江美ちゃんのお話に付き合ってみるか」
「それって久兄さんのこと」江美が振り向きながら、カズを見る。「女は誰でも最初は初々しいわけよ。付き合ってる時は喧嘩して拗ねても、言い訳するタイミングを余裕で空けてくれてたしー」
「結婚したらどうなった?」江美が、椅子ごと体勢を変えながら、声を弾ませる。
「余裕なんて、全然ナシ!自分のことは、棚に上げといて、文句マシンガンの連打、あれは、お経の世界だよ。毎日同じこと言ってるよ」カズは、グラスを空けて、マスターに合図を送る。
「なんか、気の毒だなー」江美は、割り箸を指でなぞる。
「だろう、かわいそうだろー。あいつも昔はちょうど、今の江美ちゃんみたいに恥じらいがあったんだよー。帰れるものなら、今の子供達連れて、あの頃のあいつと一緒になりたーい」
「マスター、カズ兄さん、今日はよくしゃべるね」「江美ちゃんに気を遣ってるんだよ。久に聞いたんだよ。久が瑠美ちゃんに江美ちゃんのこと話したって、健ちゃんにはそれとなく言っておくよ、それより、江美ちゃん顔色悪いよ、風邪じゃない?」「うん、アリガトウ。私の風邪より、台風が心配だね。マスター、明日、台風来たら、帰れなくなるね。徳島であるんでしょう、奥さんの法事」
「うん、お墓は、藍住だからねー女房の口癖だったから。死んだら親の隣にお墓造ってって。なんて言いながら、親のほうがまだ元気で長生きしてるよ」
「マスター、結婚してよかった?」「よかったから、もう一度したい」
マスターが、暖簾を片付けながら、自分のジョークに笑っていた。つけっぱなしのテレビから、台風22号の予想針路が、流れていた。降り出した雨音が江美の小さなクシャミを、そっと掻き消していった。


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