平成最後の大晦日。
祖谷山には、昨日の朝降った雪が僅かに残っておりました。
昼頃から雲の隙間から少しずつお日様が見え隠れ、軒下の氷柱が溶けだし
置き忘れた黒い長靴の先に落ちておりました。
老犬ゴンタは、相変わらず庭先の隅でお昼寝をしておりました。
「ジイサンよ~、こんがなくに長靴おいとったら、水浸しになるぞよ!」
お婆さんは庭先で門松の竹を切っていた、お爺さんの背中に向けて声を振り絞り叫んでおりました。
が、耳の遠くなったお爺さんには、聞こえていません。
お婆さんはお爺さんの前に立ち、もう一度同じ事を言いました。
お爺さんはナタを腰に戻して、お婆さんに言いました
「どしたっちゃあ!?たまにくち聞いたら、どうでもええ話をすなよ!長靴やこし濡れたってこたあないわの、それより子供らは、もんてくるんこ!?」
「ジイサンにヨンベからいよろうがえ、まっこと耳聞こえんようになったの、済んだもんじゃの!こいさにはもんてくるって言よったわの」
「そんがなことは、オラは聞いてないぞっ今初めて言よんだろがっ」
「ジイサンよ、たいがいにいい勝ちすなろよ」
お婆さんは 軒下の長靴を家の中に容れながら、大きな溜め息をつきました。
「今年は孫は戻るんこ!?」
お爺さんは家の中に入りながら、お婆さんに聞きました。
「戻らんって言いよったわ。電話繋がらんきん、山には戻らんのじゃと」
「どしたばちに、そんがなごじゃを言うんなら、わんくの電話はめげてないぞ!繋がるぞっ、孫に言うてやれ」
「言うもいわんも、もう朝からジョウジもヒデオも出とるわの!」
「嫁さんは戻らんのこ?」
「犬飼いはじめたきん、戻らんのじゃと、犬風邪ひかすきん、山には連れてこんのじゃと!」
「犬が祖谷にもんて風邪ひくんなら、祖谷の犬、みな風邪ひくわのうや~しものしは、ごじゃ言うのうや~」
「犬もええ身分になったろのうろ、ジイサンは低い声で喋ったら聞こえるんじゃの」
「おらは、耳は遠いことはないぞ、バアサンがイガリ過ぎるんじゃわ」
お爺さんは、囲炉裏に薪を少しずつ容れながら、お餅を焼いておりました。
お餅は網の上で、ゆっくりと膨らんでおりました。
「バアサンよ、今年もバアサンの作ってくれた餅を食べて、歳を越せると言うのは、有難いことじゃの…
オラは今年はお迎えくるって毎年思いよるけど、バアサンの作ってくれた餅食うて、しもの病院へ行かんと
一年でも余分に祖谷でおりたいと、思うわ…有難い…有難い…」
お爺さんは、首に巻いた手拭いで、目頭を押さえ、旨い旨いと言いながら、お餅を食べておりました。
氷柱はすっかりと溶け、少しの静寂が二人を包みました。
お婆さんが、ポツリとお爺さんに言いました。
「今年の餅は、孫がネットっていうやつで、買うて送ってくれたんじゃわ、便利な世の中になったのうろ」
読者の皆さま
良いお年をお迎え下さい。
あるようで無いのがこの世
無いようで在るように思うこの世
この愛しい時間を
静かに 感謝してみる
草 々