秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

唐津再会  最終章     SA-NE

2009年11月10日 | Weblog
唐津くんちの曳山は、合計14台。
高さ七メートル近く、重さは二トンから五トンまで、各町によって、様々だ。曳き子達は、それぞれのハッピを纏い、総勢数百名の九州男児が、勇壮豪快に、それを曳き廻す。
笛、鐘、太鼓の三つ囃子。
唐津神社の鳥居へと、様々な露店が立ち並んでいる。
私が、おくんちを観たのは、今回で三回めだ。
37年前に、父と初めて訪れた時。高校生の時には、祖父に招待され、母と叔母を連れて来た。そして今回。
大切にしている、昔の絵葉書を、時折見てきたせいか、心がそこにあって、再生ばかりを繰り返しているのか、何十回も観てきた、錯覚をしてしまう。
初めて来た時は、祭を観ていたのではなく、祖父や従姉妹達を、見ていた。
突然、出現した、何もかもが、あの時は唯、珍しく不思議だった。
左右に並ぶ露店の、賑やかに飛び交う声の波。人、人、肩が触れ合う人の波。
「お姉ちゃんは、ひとりでドンドン行くからね!見失わないようにしないと~」
従姉妹は、そう言うと、私の左手をギュッと繋いで、はしゃぎながら、小走りに歩きだした。

太陽の陽射しと、様々な露店が放つ匂い、黒山の人だかりの、流れる人の隙間から、消えては現れる、長女の背中を追い掛けながら、神社へと流れて行く。
スローモーションで、時がさかのぼっていく、そんな感覚に一瞬全身が包まれた。
37年前の、三人の私達が、紛れも無く、同じ場所に居た。
この道だった。お化け屋敷、見世物小屋、鉄板焼きの染み込むような匂い。

何も変わってはいなかった。
心の中で、お囃子が弾けた。

三人で、家に帰った。冷たいお茶を飲みながら、また、昔の話しになった。
私は、ずっと疑問になっていた、祖父の遺産について、長女に尋ねた。
「お祖父ちゃん、あれほどの財産があったのに、なんで遺言状、書いてなかったの?」
すかさず、妹が答えた。姉も、相槌をうつ。
「あったよ!専属の弁護士さんもいたし、きちんとしていたよ、シゲじいは~」
「えー、書いてあったんだ~」
「初盆が過ぎたら、きちんと遺言状の通りにするって、お父さん言ってたのよ、そしたら、シゲじいが亡くなってすぐに、おじさんや、おばさんが、裁判起こしたのよ!」
「それで?でも遺言状が、有利じゃないの?」
「なんか、別に取り方があったみたい。二回も裁判に呼ばれて、お父さん、傷ついて、あんな性格だから、投げ出して、あげたわけよ」
話を聞いて、叔父さんが気の毒に思えた。
裁判を起こしたのは、腹違いの妹と、実の弟だ。両親が同じ弟だ。
妹が、私の前に真っ直ぐに座り直し、苦笑いしながら話し始めた。
「わたしね、夕べお兄ちゃんから、聞くまで、ずーーと〇〇〇さんの事、勘違いしてたの。」
「勘違い?」
「なんで、お父さん、〇〇〇さんは、大事にせないかん!とか、しょっちゅう、何かしら送るし、電話かけるし、お父さんは財産取られて、なんで〇〇〇さんを、気にかけるんだろうって!」
「あっ、私貰ってないよ!」
「その話をしたら、お兄ちゃんが、言ってた。お父さんから、何回も聞かされたって。覚えておけって!」

私は、次女からは、ずーと財産を奪いながら、ノコノコと法事まで営みに来た、面の皮の厚い、非情な従姉妹だと、思われていたのだった。

暫くして、私と次女は、お墓参りに、お寺に向かった。
裏の路地から、時折見える曳山を、立ち止まっては、眺めた。
「シゲじいに、隣町の温泉に連れて行かれたのも、わたしの役目だったのよ~」
「なんか、いいコンビだったんじゃあないの~」
「温泉宿に、演劇団が来てたのよ~、毎月変わるの、シゲじい、観に行ってた~」

歩きながら何気なく聞いた、その話に、
私の中で、父と母の劇団の幟が、鮮やかに舞い上がった。
父は、その劇団に、紛れて、家を出たのだ。下積みを終え、自分で生家の名を、そのまま劇団の名にし、巡業を繰り返していた。
祖父は、いつか、父と逢えるかも知れないと、温泉宿まで出掛けて、ビール一本を飲んで、帰っていたのではないか?
「父とお祖父ちゃんが、もっと早く再会出来てたら、父もお祖父ちゃんも、幸せな時間過ごせただろうね」
私は、彼女に呟いた。
「ううん、みんなが幸せだったと思う!うちのお父さんも、全然違う人生になってたと思う。最期の時間まで、違っていたと思う。」「お祖父ちゃんの後妻が、一緒に連れていた連れ子になるおっちゃんは、90歳近くなるけど、いまだにおじさんが家から出た事を、ずっと気にして、苦しんでいるもの…」

お墓参りを済ませた私達は、本堂に入った。本堂の純金の貼られた祭壇は、澄み切った静けさと、凛とした空気に包まれていた。

線香を互いに立て、祭壇に向けて、鈴を鳴らした。鈴の余韻、お線香の香り。


故郷に帰る夢を見ながら、母の故郷に、身を置いた父。
それはまるで、京での再起を夢見ながら、落人となった、平家一族の、はかない物語の結末。

私は、父と祖父と叔父さんの尊い魂に向け、最後の合掌をした。

曳山の、エンヤ、エンヤの掛け声と、三つ囃子の笛の音が、本堂の近くを過ぎて行く、唐津くんちの、秋はゆっくりと、終わりへと向かっていた。
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