前略。
C子ちゃんは、勤勉だ。地元の桃○郷に就職したにも拘らず
月に2回くらいのイレギュラーなお仕事も、引き受けている。
突然なイレギュラーな午前の半日仕事と、予約していたトリミングの時間との兼ね合いで、
愛犬を半日預けなければならなくなった。
で、わたしの顔が浮かんだらしい。
コハル(トイプードル)は、帰省当時は垢抜けた 横浜犬だった。
なんか、オシャレに見えた横浜犬だった。
私の固定観念だったのか、とにかく、品のある、横浜犬だった。
そもそも、何故大都会に住むと、田舎者は、垢抜けるのか?
垢抜けることの無いままに、終わるだろう私には、永遠のテーマだ。
その横浜犬が、主人様と共に祖谷の住犬になったのは、去年の10月。
数ヶ月して見たときは、エサを求めてキャンキャン吠える、ただのイヌになっていた。
五感と本能を、取り戻したのか。
私は今、コハルと室内で引きこもりながら、このエッセイを書いている。
トリミング前の毛は、伸びて伸びて、薄手の毛布を纏っているみたいだ。
人間様に快適な室温も、毛を纏った犬様には、暑いに決まっている。
もったいないが、とりあえずエアコンを、つけてあげた。
楽そうな表情で、眠っている。
私の専用のソファを乗っ取られた。
私はくつろぐ場所を奪われて、フローリングの床に座っている。
コハルをお守りするのは、はじめての事で、とりあえず、迎える前に丁寧に掃除機をかけて、
何でも食べないように、朝から手差し確認した。
『蚊取り線香よしっ!』
『ゴキブリホイホイよしっ!』
お願いしまーすと、言いながらC子ちゃんは、パタパタと、お仕事に行った。
主人様の後を追いかけて、キャンキャン泣いて、ドアを掻きむしりながら、泣いて、
クルクル舞いながら吠えて、私はそれを、暫く見守るしか無いっ!
と、そんなシナリオを浮かべていた。
ドアを閉めて、1人と1匹。
コハルは、暫く各部屋を探索していた。何故か、仏間にも行っていた。
私は自分のソファに座って、甲子園を見ていた。
暫くすると、すぐに側に来て、座る。
キャンとも、ワンとも泣かない。
ハァハァ言っているから、とりあえず水を飲ませた。
脚本通りに飲む。ゴクゴク飲む。
何かしら愛想も必要なんで、話しかけた。
『お利口じゃなあ、泣かんなあー』
無視をされた。
長女から、いつもの安否確認の電話がかかる
斯く斯く然々。
『母ちゃん、人間には適温でも、イヌには暑いんでよ』
『何を食べるかわからんけん、気をつけなよ』
言われなくても、解っている。
何十年、生き物を飼ってきたか、生き物係に、忠告はいらない。
ふと、或る年寄りの言葉を思い出した。
『若いしが、いらんことをヌカスナ!オラはお前らより、何十年も生きてきとんぞっ!』
何十年も、生きてきていても、全てを忘れたら、そのオマエらから、
一から教えてもらわなければ、ならない。
歳を重ねるのは、厄介だ。面倒くさい。
忘れてしまって怒られるのなら、最初から覚える必要もなく、
社会人としてある為に、覚えさせられて、社会人から外れたら、最後はみんなで、
同じ空間でお絵描き塗り絵に、グーチョキパー?
洗脳の世界ではないか。
時々、愛想がてら、コハルに話しかける。コミュニケーションは、大事だ。
突然、コハルが高い声で吠える!
私をじっと見て、吠える!
食うものを出せっ!の吠え方だ。
自然解凍して、準備しているカットしたさつまいもを、少しずつ与える。
嬉しそうに、食べる。
勝った気分だ。犬に勝った気分だ。
そもそも、甲子園の勝ち負けなんか、誰が決めた?
順位って、必要か?
みんなで、気軽に、楽しめないのか?
甲子園を、年に3回するとか?
グーチョキパーをやらされ始めたら、甲子園の感動とか、スポーツの感動とか、無関係の世界になる。
おかずが不味かったか、ご飯の量が少ないとか、食べることのみに、執着している。
もうすぐ、12時だ。
主人様が、迎えに来る。
コハル、今日は、楽しかった?かな。
トリミングして、垢抜けて帰ってきなよ。しもは、暑いよー!
と話しかけて、束の間。
振り向けば、大量のウンチを、しかもさつまいもの食物繊維の効いた、
柔らかい臭い、大量のウンチを、台所のフローリングに、盛り上げてくれた。
そのまま、知らん顔で、私のソファに座り、私がウンチを始末するのを、見守っていた。
人間様も、犬様も、
食べて 出す。
単純だ。
その単純なことが、健康の証なのだと、幸福なことなのだと、
みんな気づいているのだろうか。
生き切る為に 鳴く蝉が
増水した祖谷川の激流の音に、かき消されて行く。
同じ夏は、無い。同じ時間は無い。
ほんの少しの変化を色付けして、自分だけの塗り絵を、楽しもう。
苦とか、楽とか、無い。
在るのは、消えていく、時間だけなのだから。
草草
C子ちゃんは、勤勉だ。地元の桃○郷に就職したにも拘らず
月に2回くらいのイレギュラーなお仕事も、引き受けている。
突然なイレギュラーな午前の半日仕事と、予約していたトリミングの時間との兼ね合いで、
愛犬を半日預けなければならなくなった。
で、わたしの顔が浮かんだらしい。
コハル(トイプードル)は、帰省当時は垢抜けた 横浜犬だった。
なんか、オシャレに見えた横浜犬だった。
私の固定観念だったのか、とにかく、品のある、横浜犬だった。
そもそも、何故大都会に住むと、田舎者は、垢抜けるのか?
垢抜けることの無いままに、終わるだろう私には、永遠のテーマだ。
その横浜犬が、主人様と共に祖谷の住犬になったのは、去年の10月。
数ヶ月して見たときは、エサを求めてキャンキャン吠える、ただのイヌになっていた。
五感と本能を、取り戻したのか。
私は今、コハルと室内で引きこもりながら、このエッセイを書いている。
トリミング前の毛は、伸びて伸びて、薄手の毛布を纏っているみたいだ。
人間様に快適な室温も、毛を纏った犬様には、暑いに決まっている。
もったいないが、とりあえずエアコンを、つけてあげた。
楽そうな表情で、眠っている。
私の専用のソファを乗っ取られた。
私はくつろぐ場所を奪われて、フローリングの床に座っている。
コハルをお守りするのは、はじめての事で、とりあえず、迎える前に丁寧に掃除機をかけて、
何でも食べないように、朝から手差し確認した。
『蚊取り線香よしっ!』
『ゴキブリホイホイよしっ!』
お願いしまーすと、言いながらC子ちゃんは、パタパタと、お仕事に行った。
主人様の後を追いかけて、キャンキャン泣いて、ドアを掻きむしりながら、泣いて、
クルクル舞いながら吠えて、私はそれを、暫く見守るしか無いっ!
と、そんなシナリオを浮かべていた。
ドアを閉めて、1人と1匹。
コハルは、暫く各部屋を探索していた。何故か、仏間にも行っていた。
私は自分のソファに座って、甲子園を見ていた。
暫くすると、すぐに側に来て、座る。
キャンとも、ワンとも泣かない。
ハァハァ言っているから、とりあえず水を飲ませた。
脚本通りに飲む。ゴクゴク飲む。
何かしら愛想も必要なんで、話しかけた。
『お利口じゃなあ、泣かんなあー』
無視をされた。
長女から、いつもの安否確認の電話がかかる
斯く斯く然々。
『母ちゃん、人間には適温でも、イヌには暑いんでよ』
『何を食べるかわからんけん、気をつけなよ』
言われなくても、解っている。
何十年、生き物を飼ってきたか、生き物係に、忠告はいらない。
ふと、或る年寄りの言葉を思い出した。
『若いしが、いらんことをヌカスナ!オラはお前らより、何十年も生きてきとんぞっ!』
何十年も、生きてきていても、全てを忘れたら、そのオマエらから、
一から教えてもらわなければ、ならない。
歳を重ねるのは、厄介だ。面倒くさい。
忘れてしまって怒られるのなら、最初から覚える必要もなく、
社会人としてある為に、覚えさせられて、社会人から外れたら、最後はみんなで、
同じ空間でお絵描き塗り絵に、グーチョキパー?
洗脳の世界ではないか。
時々、愛想がてら、コハルに話しかける。コミュニケーションは、大事だ。
突然、コハルが高い声で吠える!
私をじっと見て、吠える!
食うものを出せっ!の吠え方だ。
自然解凍して、準備しているカットしたさつまいもを、少しずつ与える。
嬉しそうに、食べる。
勝った気分だ。犬に勝った気分だ。
そもそも、甲子園の勝ち負けなんか、誰が決めた?
順位って、必要か?
みんなで、気軽に、楽しめないのか?
甲子園を、年に3回するとか?
グーチョキパーをやらされ始めたら、甲子園の感動とか、スポーツの感動とか、無関係の世界になる。
おかずが不味かったか、ご飯の量が少ないとか、食べることのみに、執着している。
もうすぐ、12時だ。
主人様が、迎えに来る。
コハル、今日は、楽しかった?かな。
トリミングして、垢抜けて帰ってきなよ。しもは、暑いよー!
と話しかけて、束の間。
振り向けば、大量のウンチを、しかもさつまいもの食物繊維の効いた、
柔らかい臭い、大量のウンチを、台所のフローリングに、盛り上げてくれた。
そのまま、知らん顔で、私のソファに座り、私がウンチを始末するのを、見守っていた。
人間様も、犬様も、
食べて 出す。
単純だ。
その単純なことが、健康の証なのだと、幸福なことなのだと、
みんな気づいているのだろうか。
生き切る為に 鳴く蝉が
増水した祖谷川の激流の音に、かき消されて行く。
同じ夏は、無い。同じ時間は無い。
ほんの少しの変化を色付けして、自分だけの塗り絵を、楽しもう。
苦とか、楽とか、無い。
在るのは、消えていく、時間だけなのだから。
草草
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