
2月15日の投稿 から
昨日、21日の投稿まで
宿屋の飯盛
というグループの
飛んでみたのさ という歌を
思い出したことを
きっかけにして
いろいろ書いてきました。

ほとんどが思いつきで
書いているので
辻褄が合わなかったり
しつこく同じことを
繰り返したりして
大変読みづらい文章に
なっていると思うけど
気持ちを
そのまま書きました。

私を中心とした私の世界。
私の大好きなあの人を
中心としたあの人の世界。
それぞれの人を中心とした
それぞれの世界があって、
円でイメージされる
そのひとつひとつの世界が
重なり合って
大きな世界を形成している。
おそらく私の小さな円は
世界中のすべての円と
直接間接で繋がっている。
いや、
この世の人ばかりか
あの世の人とも
心が繋がっている。
大好きだった兄さん。
大いなる父。
今も心から尊敬する最愛のひと。
友だち50年の親友。
先に旅立っていった人たちと
いまも
互いの円は交わっている。
喜びや哀しみを
今も共有し続けている。
そして
その円は、縁とも
言い換えることが出来る。
この世界観をもってすると
人はすべての人と何らかの
関わりを持っており
心と心で繋がっている。
必ずどこかで繋がっている。
すなわちその世界観では
貧富の差や人種差別など、
見下しやヘイトはあり得ない。
なぜなら人は

必ずどこかで繋がっている。
心と心が繋がっているから。
人と人の心の繫がりは、
金銭の多寡や社会的地位、
民族間の差異に優先する。
見下しやヘイトする人に
やめろと言っても
多分やめないだろう。
自由にするが良い。
他の行いを笑わば笑え。
その言葉は必ず自分に返る。
人の心は必ず繋がっている。
この1週間
宿屋の飯盛 の
飛んでみたのさ の
旋律を思い出してから
考えがアタマを巡った。
しつこい私の拙文に
今回もお付き合いいただき

誠にありがとうございます。kyokukenzo
昨日、21日の投稿まで
宿屋の飯盛
というグループの
飛んでみたのさ という歌を
思い出したことを
きっかけにして
いろいろ書いてきました。

ほとんどが思いつきで
書いているので
辻褄が合わなかったり
しつこく同じことを
繰り返したりして
大変読みづらい文章に
なっていると思うけど
気持ちを
そのまま書きました。

私を中心とした私の世界。
私の大好きなあの人を
中心としたあの人の世界。
それぞれの人を中心とした
それぞれの世界があって、
円でイメージされる
そのひとつひとつの世界が
重なり合って
大きな世界を形成している。
おそらく私の小さな円は
世界中のすべての円と
直接間接で繋がっている。
いや、
この世の人ばかりか
あの世の人とも
心が繋がっている。
大好きだった兄さん。
大いなる父。
今も心から尊敬する最愛のひと。
友だち50年の親友。
先に旅立っていった人たちと
いまも
互いの円は交わっている。
喜びや哀しみを
今も共有し続けている。
そして
その円は、縁とも
言い換えることが出来る。
この世界観をもってすると
人はすべての人と何らかの
関わりを持っており
心と心で繋がっている。
必ずどこかで繋がっている。
すなわちその世界観では
貧富の差や人種差別など、
見下しやヘイトはあり得ない。
なぜなら人は

必ずどこかで繋がっている。
心と心が繋がっているから。
人と人の心の繫がりは、
金銭の多寡や社会的地位、
民族間の差異に優先する。
見下しやヘイトする人に
やめろと言っても
多分やめないだろう。
自由にするが良い。
他の行いを笑わば笑え。
その言葉は必ず自分に返る。
人の心は必ず繋がっている。
この1週間
宿屋の飯盛 の
飛んでみたのさ の
旋律を思い出してから
考えがアタマを巡った。
しつこい私の拙文に
今回もお付き合いいただき

誠にありがとうございます。kyokukenzo
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます