
4月になりました。
京都市原、浄土宗、恵光寺和尚の言葉です。 「ありがとう」の反対は「あたりまえ」。
「ありがとう」という感謝の言葉の対義語は、「あたりまえ」なのです。私はこれをきいて、驚き、そしてとても納得しました。 祖母はいつも私たちに、「なんでもあたりまえだと思うな」と言います。朝起きること、おいしいごはんを食べられること、あったかいおふろに入れること、家族や友だちがいてくれること、学校に行って勉強ややりたいことができること、そんな日常のいろいろをあたりまえだと思わず、すべてに感謝することが大切だと改めて感じました。 どんな小さなことでも、「ありがとう」の気持ちを忘れないようにしたいです。
「ありがとう」という感謝の言葉の対義語は、「あたりまえ」なのです。私はこれをきいて、驚き、そしてとても納得しました。 祖母はいつも私たちに、「なんでもあたりまえだと思うな」と言います。朝起きること、おいしいごはんを食べられること、あったかいおふろに入れること、家族や友だちがいてくれること、学校に行って勉強ややりたいことができること、そんな日常のいろいろをあたりまえだと思わず、すべてに感謝することが大切だと改めて感じました。 どんな小さなことでも、「ありがとう」の気持ちを忘れないようにしたいです。
「当然の権利」という言葉がありますが、その権利がどうして得ることができるのか考えるべきでしょう。 感謝の気持ちを忘れないようにしなければなりません。
南無阿弥陀仏