「20リッターのポリ缶持って買いに行くんだけどさぁ、これが同量のガソリンより安いんだもんね。」
たしか、この話は2度めだったような気がするのだが、
マキちゃんは卒のない様子で、
「へ~っ、安いんだねえ。」としきりと感心している。
Nさんは、仕事の関係で、2年ほどメキシコに行っていたらしい。
「グアダラハラの近くにテキーラ村っていうのがあってね、ここでできたのだけがテキーラって名乗っていいんだ。」
そのテキーラ村に、直接テキーラを買いに行ったときの話である。
20リッターのポリ缶で酒を買いに行くなんて、わたしにはどうにも考えられない。
Nさんは、わたしの店でもテキーラ専門である。
最初はメキシカンスタイルで、と言って、軽く塩をつまんで口に放り込み、
半分に切ったライムを、手で直接口に搾って、テキーラを生のままキュッと飲む。
いかにも胃を悪くしそうなスタイルの飲み方である。
そういうNさんも、メキシカンスタイルは最初の1杯だけで、後はカクテルである。
最もポピュラーなテキーラのカクテルであるマルガリータがお好みで、
ほかには、テキーラ・サンライズや、フロ-ズン・ブルー・マルガリータなど、
テキーラベースのカクテルを、
「ほかに、なんかないの?」と言ってはわたしに作らせる。
Nさんは、私の店に来ると、帰国して3年ほどになるメキシコの話をよくする。
実は、Nさんの奥さんは、メキシコ滞在中に、
やはりメキシコ滞在中の日本人商社マンと、理無い仲になり、
奥さんが、Nさんを置いて日本に帰国したりと、相当面倒な状況があったらしく、
結局、奥さんは、その商社マンと一緒になり、
Nさんはその後、現在小学2年生になる一人娘と二人で暮らしている。
マキちゃんが引けた後の、わたしと2人きりになった店で、
Nさんは、打って変わったように沈んだ顔つきで、そんなことをわたしに話してくれた。
今夜のように、わたしの店に飲みに来るときは、別れた奥さんの妹さんがNさんの娘さんを預かってくれるそうで、
わたしのような者には、そこら辺の事情がよく分からない。
今の時代に、姉の贖罪のために、別れた義兄の娘を可愛がるということもあるまい、と思うのだが。
Nさんにとって、メキシコの2年間はなんだったんだろうと、
わたしは、Nさんのメキシコの話を聞く度にそう思わずにはいられない。
テキーラの話や、チチェン・イツァの遺跡の話など、
わたしの店で飲むとき、メキシコの話題は尽きない。
やはり、いまだに別れた奥さんのことが忘れられないのだろうか。
もし、いまだに想い続けているなら、その妹と行き来があることはむしろ苦痛ではないのか、と要らぬ心配をしてしまう。
今夜は、Nさんがはじめて女性と二人きりで、わたしの店に来た。
カジュアルだがセンスのいい服装の、利発そうなNさんの連れに、マキちゃんは興味津々のようだったが、
例によって、Nさんのメキシコの話に好奇心をはぐらかされていた。
ふとしたときに、わたしを見たときの、Nさんの問いかけるような視線で、わたしには、その女性が誰であるか想像がついた。
Nさんが、新しい一歩を踏み出したのだろうか、わたしの想像はそんなところまで発展していった。
雑念を振り払うように、わたしはNさんと連れの女性の前に、
「蒸し鶏の燻製です。お口に合いますでしょうか?」
地鶏の胸身を3種類ほどのハーブと塩、こしょうをまぶし、2晩ほど冷蔵庫にラップに包んで寝かしたあとに蒸し、
蒸し上がったら、中に軽くゆがいたグリーンアスパラを巻き、たこ糸で丸く整形したものを、中華鍋で簡易燻製にする。
1cm厚くらいに切って、そのまま食べても、わさびマヨネーズを作って、それに付けて食べてもよしのつまみである。
Nさんの連れの女性は、テキーラ・サンライズ、
テキーラとオレンジ・ジュースをステアした後、グレナデン・シロップを沈めて、飾りはオレンジスライスとチェリー。
伝説のロックバンド、ローリングストーンズのミック・ジャガーが愛飲したと言われるカクテルである。
「とってもおいしいです。」
蒸し鶏の燻製に箸を付けた彼女は、わたしににっこり微笑みかけてくれた。
静かに、だが幸せそうに、テキーラサンライズを口にする整った横顔を見ながら、
わたしは、Nさんの娘さんは、今夜はどうしているのだろうと、場違いなことを考えていた。
Nさんの連れの女性が誰か知りたい、
いやいやそれは分かっているから、一度でいいからその女性に会ってみたいですって。
多分それは適わないでしょうが、
それでもよければ、一度名も知らぬ駅に来ませんか。
※この話及び登場人物も基本的にはフィクションです。
たしか、この話は2度めだったような気がするのだが、
マキちゃんは卒のない様子で、
「へ~っ、安いんだねえ。」としきりと感心している。
Nさんは、仕事の関係で、2年ほどメキシコに行っていたらしい。
「グアダラハラの近くにテキーラ村っていうのがあってね、ここでできたのだけがテキーラって名乗っていいんだ。」
そのテキーラ村に、直接テキーラを買いに行ったときの話である。
20リッターのポリ缶で酒を買いに行くなんて、わたしにはどうにも考えられない。
Nさんは、わたしの店でもテキーラ専門である。
最初はメキシカンスタイルで、と言って、軽く塩をつまんで口に放り込み、
半分に切ったライムを、手で直接口に搾って、テキーラを生のままキュッと飲む。
いかにも胃を悪くしそうなスタイルの飲み方である。
そういうNさんも、メキシカンスタイルは最初の1杯だけで、後はカクテルである。
最もポピュラーなテキーラのカクテルであるマルガリータがお好みで、
ほかには、テキーラ・サンライズや、フロ-ズン・ブルー・マルガリータなど、
テキーラベースのカクテルを、
「ほかに、なんかないの?」と言ってはわたしに作らせる。
Nさんは、私の店に来ると、帰国して3年ほどになるメキシコの話をよくする。
実は、Nさんの奥さんは、メキシコ滞在中に、
やはりメキシコ滞在中の日本人商社マンと、理無い仲になり、
奥さんが、Nさんを置いて日本に帰国したりと、相当面倒な状況があったらしく、
結局、奥さんは、その商社マンと一緒になり、
Nさんはその後、現在小学2年生になる一人娘と二人で暮らしている。
マキちゃんが引けた後の、わたしと2人きりになった店で、
Nさんは、打って変わったように沈んだ顔つきで、そんなことをわたしに話してくれた。
今夜のように、わたしの店に飲みに来るときは、別れた奥さんの妹さんがNさんの娘さんを預かってくれるそうで、
わたしのような者には、そこら辺の事情がよく分からない。
今の時代に、姉の贖罪のために、別れた義兄の娘を可愛がるということもあるまい、と思うのだが。
Nさんにとって、メキシコの2年間はなんだったんだろうと、
わたしは、Nさんのメキシコの話を聞く度にそう思わずにはいられない。
テキーラの話や、チチェン・イツァの遺跡の話など、
わたしの店で飲むとき、メキシコの話題は尽きない。
やはり、いまだに別れた奥さんのことが忘れられないのだろうか。
もし、いまだに想い続けているなら、その妹と行き来があることはむしろ苦痛ではないのか、と要らぬ心配をしてしまう。
今夜は、Nさんがはじめて女性と二人きりで、わたしの店に来た。
カジュアルだがセンスのいい服装の、利発そうなNさんの連れに、マキちゃんは興味津々のようだったが、
例によって、Nさんのメキシコの話に好奇心をはぐらかされていた。
ふとしたときに、わたしを見たときの、Nさんの問いかけるような視線で、わたしには、その女性が誰であるか想像がついた。
Nさんが、新しい一歩を踏み出したのだろうか、わたしの想像はそんなところまで発展していった。
雑念を振り払うように、わたしはNさんと連れの女性の前に、
「蒸し鶏の燻製です。お口に合いますでしょうか?」
地鶏の胸身を3種類ほどのハーブと塩、こしょうをまぶし、2晩ほど冷蔵庫にラップに包んで寝かしたあとに蒸し、
蒸し上がったら、中に軽くゆがいたグリーンアスパラを巻き、たこ糸で丸く整形したものを、中華鍋で簡易燻製にする。
1cm厚くらいに切って、そのまま食べても、わさびマヨネーズを作って、それに付けて食べてもよしのつまみである。
Nさんの連れの女性は、テキーラ・サンライズ、
テキーラとオレンジ・ジュースをステアした後、グレナデン・シロップを沈めて、飾りはオレンジスライスとチェリー。
伝説のロックバンド、ローリングストーンズのミック・ジャガーが愛飲したと言われるカクテルである。
「とってもおいしいです。」
蒸し鶏の燻製に箸を付けた彼女は、わたしににっこり微笑みかけてくれた。
静かに、だが幸せそうに、テキーラサンライズを口にする整った横顔を見ながら、
わたしは、Nさんの娘さんは、今夜はどうしているのだろうと、場違いなことを考えていた。
Nさんの連れの女性が誰か知りたい、
いやいやそれは分かっているから、一度でいいからその女性に会ってみたいですって。
多分それは適わないでしょうが、
それでもよければ、一度名も知らぬ駅に来ませんか。
※この話及び登場人物も基本的にはフィクションです。
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