2024年4月17日(水)
#377 カーク・フレッチャー「I Smell Trouble」(JSP)
#377 カーク・フレッチャー「I Smell Trouble」(JSP)

カーク・フレッチャー、1999年リリースのデビュー・アルバム「I’m Here & I’m Gone」の10周年記念再発盤(2009年リリース)からの一曲。ディアドリック・マローン(ドン・ロビーの本名)の作品。ジミー・モレロによるプロデュース。
米国の黒人ギタリスト/シンガー、カーク・フレッチャーは、1975年カリフォルニア州ベルフラワーの生まれ。父親は牧師だったこともあり、幼少期より教会で音楽に親しみ、ギターを覚える。
高校時代はジャズバンドに参加、ツアー活動も行い、アル・ブレイク、ロベン・フォードらプロミュージシャンとの交流も深める。
99年、23歳にしてレコーディングの機会を得て、JSPレーベルより初のアルバムをリリース、ギターのみならず歌でもデビューする。
ブレイクより紹介されて、しばらくキム・ウィルスンのバックでギターを弾くことになる。続いて、チャーリー・マッセルホワイトとも共演する。
2003年のセカンド・アルバム「Shades of Blue」のリリース後、2005年から09年までは、ウィルスンの率いるファビュラス・サンダーバーズにも加わり、アルバムレコーディングにも参加する。
そして、デビュー10周年の2009年には、「I’m Here & I’m Gone」に未発表曲を加えて、再発売する。本日取り上げた「I Smell Trouble」はその追加分にあたる一曲である。
この曲のオリジナルは、ボビー・ブルー・ブランド。曲はデュークレーベルのプロデューサー、ドン・ロビーが書いている(もっとも、ロビーはアーティスト自身が書いた曲も、ちゃっかり自分名義にしているケースが多いと言われていて、クレジットは鵜呑みにできないが)。
1957年に「I Don’t Want No Woman」のB面としてシングルリリース、チャートインはしなかったものの、ブランドの定番曲として幾つものアルバムに収録されている。
タイトルの意味は「面倒なことになりそうだ」といったところか。歌詞から察するに、近隣の人々との人間関係のこじれと思われるが、実にヤバいムードがプンプンと漂ってくるね。
この曲を後にカバーして好評を得たのが、アイク&ティナ・ターナー。69年にアルバム「The Hunter」に収録したほか、ライブ盤でも2度取り上げている。また、バディ・ガイ版も有名である。
オリジナルにせよ、カバーバージョンにせよ、どれもスリリングでエモーショナルなボーカルが印象的だ。かなりキャリアがあり、歌に長けたシンガーでなくては到底歌いこなせない、そんなイメージが専らの曲である。
若き日のフレッチャーは、果敢にもこの難曲に、がっぷりと四つに組んでいる。
若干暴走気味ではあるが、あふれるパッションをしぼり出して歌にぶつけている様子が、手に取るように分かる熱唱である。
ギターも流麗なテクニックを見せびらかすような感じではなく、多少もつれ気味でも、とにかく高まるエモーションをそのまま表現しており、そこがまた聴く者の心を揺さぶってやまない。これぞ、ブルースである。
テクニックは十分綺麗に弾くだけのものを持っているが、そういうものには頼りきらず、自らのフィーリングを頼りにブルースを歌い、弾く。
この姿勢こそが、フレッチャーが「巧い」だけのミュージシャンではない証明だと思う。
その後のフレッチャーは、ジョー・ボナマッサ、イタリアのエロス・ラマゾッティをはじめとしたビッグネームとの共演が多く、どちらかといえばバッキングに長けた裏方ミュージシャン、あるいはYoutubeで見られるようなギター・インストラクターといったイメージが強くなってしまったが、本来はソロ・シンガーとしても十分やっていける実力の持ち主なのである。
「I Smell Trouble」は、その見事な証明の一例。彼のシンガーというもうひとつの顔を、ぜひ知ってほしい。