2024年4月26日(金)
#386 メル・トーメ「Comin’ Home Baby」(Atlantic)
#386 メル・トーメ「Comin’ Home Baby」(Atlantic)
メル・トーメ、1962年リリースのシングル・ヒット曲。ボブ・ドロー、ベン・タッカーの作品。ネスヒ・アーティガンによるプロデュース。
米国のジャズシンガー、メル・トーメは、かつて「一日一枚」で一度取り上げたきりだが、筆者としてはかなり重要であり、かつこよなく愛好する歌い手のひとりである。
本名、メルヴィン・ハワード・トーメ。1925年、シカゴに生まれる。99年に73歳で亡くなるまで、ジャズシンガー、そして俳優としても第一線で活躍したスター。
でも、変に大御所のような存在に収まることなく、生涯ひとりのジャズシンガーとして、コンサート活動でリスナーと直の交流を続けた人である。彼こそは「古き良きアメリカ人」の典型であると、筆者は思う。
さて、本日取り上げた「Comin’ Home Baby」は、トーメにとって代表曲のひとつ。62年に全米36位、全英13位のスマッシュ・ヒットとなった。
40年代末から50年代初頭にかけて、トーメは「Careless Hands」「Again」「Bewitched」といったジャズ・ナンバーでトップ10ヒットを連発していたが、60年代に入って30代後半となった彼が、久しぶりに健在ぶりを示したのである。
もともとこの曲は61年にインストゥルメンタル・ナンバーとして書かれた。アート・ペッパー、デクスター・ゴードン、グラント・グリーンらとの共演で知られるジャズ・ベーシスト、ベン・タッカーが作曲して、自分が参加したデイヴ・ベイリー(ds)のクインテットに提供した。
レコーディングは61年10月。同年リリースのアルバム「2 Feet In The Gutter」に収められた。
この曲のキャッチーさに注目したジャズ・フルーティスト、ハービー・マンがさっそくレパートリーに取り入れ、11月にはタッカーと共に、ニューヨークのヴィレッジ・ゲートでのパフォーマンスを録音した。
アトランティックからリリースしたこのライブ盤「Herbie Mann at the Village Gate」が大ヒットしたことで、「Comin’ Home Baby」の知名度も大いにアップした。
そして、その成功だけにとどまることなく、作者のタッカーはさらなる戦略を打つ。同曲に歌詞をつけて、ポピュラー・ソングとしてもヒットさせようとしたのである。
タッカーはジャズ・ピアニストにしてソング・ライターのボブ・ドローに作詞を依頼し、一方でこの曲を同じアトランティックレーベルに所属するメル・トーメに歌わせるよう、プロデューサーのネスヒ・アーティガンに持ちかけたのだ。
当初、トーメはこの曲のレコーディングにあまり乗り気でなかった。曲の持つ、いかにもレイ・チャールズあたりが歌っていそうなR&Bの臭いが、自分のものとは違うと感じたからだ。確かに「Unchain My Heart」などとも雰囲気が非常に近い。
トーメへの説得工作の末、9月にようやくレコーディング。翌月リリースされたシングルは、瞬く間にヒットする。やはり、本曲は時代が求めるメロディ、サウンドであったということなのだろう。結果として、トーメも新境地を拓くことに成功し、翌年のグラミー賞で2部門にノミネートされた。
トーメ版の大きな特徴は、ハービー・マンらがテーマとして演奏したメロディそのものではなく、むしろそのオブリガードとして、もう一つのメロディを歌っているところにある。テーマ歌唱は代わりに、女声コーラスが担当している。
同一曲でありながら、インスト版とはかなり印象が異なって聴こえるのはそのためである。
歌と器楽のリズム感覚の違いをよく理解した上でなされた、秀逸なアレンジだと筆者は思うのだが、いかがであろうが。ちなみに編曲はドイツの著名なジャズ・アレンジャー、クラウス・オガーマン(ビリー・ホリデイ、フランク・シナトラなどを担当)である。
トーメの機知に富んだボーカル、自由自在なアドリブにより、このバージョンは平板な仕上がりにならずに済んでいる。職人技とはこういうことを言うのだろうな。
余談だが、筆者はこの曲(マン版、トーメ版を問わず)を聴くたびに、とある日本の大ヒット曲を必ず思い起こしてしまう。
それは、ピンキーとキラーズが68年にリリースした「恋の季節」である。
この曲の、キラーズの「恋の季節なの」というバックコーラスのフレーズは、まんま「Comin’ Home Baby」のテーマからの借用なのだ。
メインのメロディではないから、すぐには気づかないだろうが、繰り返し聴くとそれは明らかだ。
作編曲はいずみたく。センセー、さすがよく洋楽を研究してますね(笑)。
ということで、筆者はいつも「Comin’ Home Baby」に合わせて、「恋の季節なの」と口ずさんでいます(笑)。
正統派ジャズ・シンガーが、60年代を反映したポップ・チューンにチャレンジした興味深い一曲。新時代の息吹きを、そこに感じとってほしい。
米国のジャズシンガー、メル・トーメは、かつて「一日一枚」で一度取り上げたきりだが、筆者としてはかなり重要であり、かつこよなく愛好する歌い手のひとりである。
本名、メルヴィン・ハワード・トーメ。1925年、シカゴに生まれる。99年に73歳で亡くなるまで、ジャズシンガー、そして俳優としても第一線で活躍したスター。
でも、変に大御所のような存在に収まることなく、生涯ひとりのジャズシンガーとして、コンサート活動でリスナーと直の交流を続けた人である。彼こそは「古き良きアメリカ人」の典型であると、筆者は思う。
さて、本日取り上げた「Comin’ Home Baby」は、トーメにとって代表曲のひとつ。62年に全米36位、全英13位のスマッシュ・ヒットとなった。
40年代末から50年代初頭にかけて、トーメは「Careless Hands」「Again」「Bewitched」といったジャズ・ナンバーでトップ10ヒットを連発していたが、60年代に入って30代後半となった彼が、久しぶりに健在ぶりを示したのである。
もともとこの曲は61年にインストゥルメンタル・ナンバーとして書かれた。アート・ペッパー、デクスター・ゴードン、グラント・グリーンらとの共演で知られるジャズ・ベーシスト、ベン・タッカーが作曲して、自分が参加したデイヴ・ベイリー(ds)のクインテットに提供した。
レコーディングは61年10月。同年リリースのアルバム「2 Feet In The Gutter」に収められた。
この曲のキャッチーさに注目したジャズ・フルーティスト、ハービー・マンがさっそくレパートリーに取り入れ、11月にはタッカーと共に、ニューヨークのヴィレッジ・ゲートでのパフォーマンスを録音した。
アトランティックからリリースしたこのライブ盤「Herbie Mann at the Village Gate」が大ヒットしたことで、「Comin’ Home Baby」の知名度も大いにアップした。
そして、その成功だけにとどまることなく、作者のタッカーはさらなる戦略を打つ。同曲に歌詞をつけて、ポピュラー・ソングとしてもヒットさせようとしたのである。
タッカーはジャズ・ピアニストにしてソング・ライターのボブ・ドローに作詞を依頼し、一方でこの曲を同じアトランティックレーベルに所属するメル・トーメに歌わせるよう、プロデューサーのネスヒ・アーティガンに持ちかけたのだ。
当初、トーメはこの曲のレコーディングにあまり乗り気でなかった。曲の持つ、いかにもレイ・チャールズあたりが歌っていそうなR&Bの臭いが、自分のものとは違うと感じたからだ。確かに「Unchain My Heart」などとも雰囲気が非常に近い。
トーメへの説得工作の末、9月にようやくレコーディング。翌月リリースされたシングルは、瞬く間にヒットする。やはり、本曲は時代が求めるメロディ、サウンドであったということなのだろう。結果として、トーメも新境地を拓くことに成功し、翌年のグラミー賞で2部門にノミネートされた。
トーメ版の大きな特徴は、ハービー・マンらがテーマとして演奏したメロディそのものではなく、むしろそのオブリガードとして、もう一つのメロディを歌っているところにある。テーマ歌唱は代わりに、女声コーラスが担当している。
同一曲でありながら、インスト版とはかなり印象が異なって聴こえるのはそのためである。
歌と器楽のリズム感覚の違いをよく理解した上でなされた、秀逸なアレンジだと筆者は思うのだが、いかがであろうが。ちなみに編曲はドイツの著名なジャズ・アレンジャー、クラウス・オガーマン(ビリー・ホリデイ、フランク・シナトラなどを担当)である。
トーメの機知に富んだボーカル、自由自在なアドリブにより、このバージョンは平板な仕上がりにならずに済んでいる。職人技とはこういうことを言うのだろうな。
余談だが、筆者はこの曲(マン版、トーメ版を問わず)を聴くたびに、とある日本の大ヒット曲を必ず思い起こしてしまう。
それは、ピンキーとキラーズが68年にリリースした「恋の季節」である。
この曲の、キラーズの「恋の季節なの」というバックコーラスのフレーズは、まんま「Comin’ Home Baby」のテーマからの借用なのだ。
メインのメロディではないから、すぐには気づかないだろうが、繰り返し聴くとそれは明らかだ。
作編曲はいずみたく。センセー、さすがよく洋楽を研究してますね(笑)。
ということで、筆者はいつも「Comin’ Home Baby」に合わせて、「恋の季節なの」と口ずさんでいます(笑)。
正統派ジャズ・シンガーが、60年代を反映したポップ・チューンにチャレンジした興味深い一曲。新時代の息吹きを、そこに感じとってほしい。