上川道路 (国道12号線)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/61/a600f1b8eeee6008d0f0e6733b48dad5.png)
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上川道路(現在の国道12号線)
男たちの一団が原生林、灌木の広がる石狩川沿い、湿地を切り拓き、川に橋を架けて幅約2メートルの仮道を作っていた。
ヒグマの出没、虻や蚊に悩まされた。男たちの道路は”囚人道路”だ。石狩川から舟で行くしかなかった未開の旭川までの交通路を確保する。
樺戸集治監(現在の月形刑務所)の囚人によって工事が行なわれ、美唄川以北は明治19年に、それより南側は明治22年に開通した。
囚人たちは5月から8月までのわずか3ヵ月に90Kを整備した。この驚異的早さは足に鎖をつけた囚人たちの酷使を思わせる。
旭川まで延びた道路はロシアの防衛にも備え、屯田兵を入植させるためにさらに東に向かい網走に到達した。
上川道路は今の国道12号線で北海道の大動脈としての大きな使命を果たしている。現在、囚人をしのばせる碑はない。
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