8月24日(月)はKBCさんに籠って諸々作業でした。このところ週1~2回ペースでアーカイブ映像に絡むプロジェクトで通い中です。今週末はKBCオーガスタも開催されます。
これは現在地へ移転前のKBCさんのベリカード。久留米市でラジオ放送を開始して昭和31年12月に福岡市へ進出した頃のもののようです。
3枚目は小倉局のベリカード。昭和33年7月の開局時のもののようで、同年開通した関門国道トンネルがデザインされています。
4枚目は昭和32年当時の東中洲の景観とKBC入居の花関ビル、看板もKBCです。昭和30年4月に竣工した同ビルは、いわゆる九州初のメディアビル。九州各地のメディアの支店が入居してました。10年ほど前までラジオ放送を手がけるKBCメディアさんはこのビル上階にあって、よく訪問してました。それにしても、行き交う西鉄福岡市内線の路面電車の塗色が皆グリーンツートンなのはホントでしょうか。
5枚目は花関ビルのある東中洲(西大橋)夜景。昭和34年、テレビ開局により長浜の放送会館へ本社移転後なので、屋上広告看板がKBCから日立へ変わります。日立の看板は平成に入っても設置されていました。右隣の大洋ビルの屋上看板は麻生セメント、昭和40年代に入ると大洋ビルも8階建てに増床されて屋上看板はサントリーになります。サントリーの看板は2006年まで40年以上続いたそうです。
看板やネオンサインの変遷をなんとか本にまとめられないかと、写真資料などを10年前から地道に集めています。