marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(737回) (その2)「真面目」を探し求めて

2020-09-17 06:07:41 | 日記

◆おそらく欧米のキリスト者にはまったくこの心情は理解されないだろうと思った。それは神から与えられた命だから自分で死を選んではいけないということだけではない。欧米でも自殺者はいるのだから。そうではなく、それは作家の描く多様なその主人公のことではなく、その時代としても欧米の知識人には、既に「人間とはいかなるものなのか」という理神論、哲学、思想、心理学などが人自らの言葉で悪戦苦闘して考えこまれてきた歴史があったからという理由なのである。すくなくとも知識人においては、過去に人の罪(人を創造し命を吹き込まれた神を忘れた人)を背負うて、十字架で磔になった神の独り子という方がおられたからこの意味を問い続けてきたのである。そこから欧米の神の似姿に創造された人を知り尽くせば(それは今でも続いてより細密化、分析、再生しようとまでしている)神をより知るであろうと「人とは何か」を言葉化してきたわけなのだ。それが自分を知ることにもつながり、自死を回避する大きな慰めともなって来た。現代のわれわれの生活する常識ともいえる「人権や人格」という概念や「契約」という概念においても、また、生理医学分野においても、とにかくありとあらゆる分野すべてが神の創造せし人に関するわけなのであるから。

◆太宰においては幼少期の生育環境に大きく影響されているであろうと思う。あの青森津軽の寒い冬、ビューヒューと切なく吹き来るシベリアからの風、暗く広い屋敷、その部屋で乳母にのみ預けられ親の十分な愛情を受けられられず、幼少期のアィデンティーの礎ができていなければ、太宰のような魂のぽっかり空いた心の空白を満たすにはあのような、行動をとるようになるだろうなということは、おおよそ今では推測が付くと思われるのである。エピジェネデクス。幼少期の環境は大きく、その基本のこころの形成期の形成に影響を与えるのである。これは、僕が書いてきた他者(太宰では女性)への”霊的しがらみ”でその心の空白を埋めようともがくか、ヒロポンの薬物でその外側(肉体)にダメージを与えるように向かってしまうのであると。・・・「自分の命を捨てる者は、それを得、自分の命を得ようとするものはそれを失うのである」というイエスの言葉は、霊を吹き込まれた自分の中の何を言っているのかをよく考えてみる必要がありそうだ。・・・(おわり)