ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

昭和池

2020-12-02 01:23:00 | 山口県
2020年11月21日 昭和池
 
昭和池は山口市鋳銭司の南若川水系南若川源流部にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧では全国で9基の『昭和池』が掲載されていますが、いずれも昭和に竣工したのがその所以となっています。
当池も同様で1945年(昭和20年)に竣工、その後1986年(昭和61年)から1998年(平成元年)にかけて大規模な改修が行われました。
池の管理は受益者で組織される水利組合が行っています。
 
国道2号線山口南インター東側の今宿西交差点を北に折れ、山陽道の高架を潜り南若川沿いの隘路を進むと昭和池に到着します。
止まっている車は見回りに来た受益者のU様のものです。
池のある鋳銭司地区は明治維新の軍事の天才大村益次郎生誕の地で、U様も益次郎に関わる家系ということで池のみならず歴史のお話を多々伺うことができました。
こういう出会いが溜池巡りの楽しさの一つです。
 
天端に並ぶ記念碑
左手は1945年(昭和20年)の竣工記念碑。右手は昭和末期から平成にかけての改修記念碑。
篆書体で書かれた竣工記念碑はなかなか趣があります。
 
総貯水容量12万立米の貯水池。
上記U様のお話では貯水池奥の山の中腹にマツタケの群落があるそうですが、道はなく行きつくには岩登りの技術が必要だそうです。
 
左岸の横越流式余水吐。
 
 
コンクリートで護岸された上流面。
 
上流から見た余水吐。
 
取水設備は階段式の池栓。
 
池栓から見た上流面。
 
昭和池へ向かう途中の南若川にある古い落差工。
 
これで全国に9基ある昭和池のうち8基を訪問しました。
残るは京都府亀岡市にある昭和池のみです。
 
3569 昭和池(1578)
ため池コード 352030364
山口県山口市鋳銭司
南若川水系南若川
17.5メートル
84メートル
120千㎥/120千㎥
水利組合
1945年

玉泉池

2020-12-01 13:49:46 | 山口県
2020年11月21日 玉泉池
 
玉泉池は山口県防府市大崎の佐波川水系須川源流部にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧では玉祖郷土地改良区の事業により1941年(昭和16年)に竣工とあります。
この竣工年度は現地記念碑と一致しますが、戦前には土地改良区はなくその前身となる耕地整理組合の事業で建設されたと見るのが妥当でしょう。
改修記念碑によればその後1977年(昭和52年)から1980年(昭和55年)に県の事業により改修工事が行われています。
池の管理は玉祖郷土地改良区が行っています。
 
防府市街から県道348号線を西に進み、進路が北西に変わったどん詰まりに玉泉池があります。
池には2基の記念碑があり、上の写真は左岸に建つ竣工記念碑。下は天端に建つ改修記念碑です。
 
 
余水吐と上流面
写真中央に石積み見えます。
たぶんはこれは1941年(昭和16年)の竣工当時のものと思われます。
 
左岸から上流面
外来魚駆除目的で水が抜かれています。
上流面はコンクリート張り、対岸に斜樋が見えます。
 
余水吐導流部。
 
横越流式余水吐。
 
総貯水容量12万4000立米の貯水池。
貯水池のすぐ上流を山陽新幹線が走っており、列車が通過するたびに轟音が響きます。
 
土砂吐
一般に土砂吐は斜樋と同じ場所につくられることが多いのですが、ここは別になっています。
 
天端からの眺め
池の直下には結構大きな家?がありますが人が住んでいるのかわかりません。
 
下流面
綺麗に刈り払われています。
 
右岸の斜樋
シャフトは4本。

ダム下には下りなかったので底樋は確認できませんでした。
 
2051 玉泉池(1577) 
ため池コード 352060241
山口県防府市大崎
佐波川水系須川
17.6メートル
66メートル
124千㎥/124千㎥
玉祖郷土地改良区
1941年 

燈籠池

2020-12-01 13:40:27 | 山口県
2020年11月21日 燈籠池
 
燈篭池は山口県防府市牟礼の馬刃川水系馬刃川源流部にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧では1988年(昭和63年)に牟礼土地改良区の事業で竣工となっていますが、農水省のリストでは1943年(昭和18年)に土地改良区の事業で竣工となっています。
一方燈籠池湖畔には農水省の補助を受けた県のため池整備事業の説明板が設置されています。
池は1943年(昭和18年)に土地改良区の前身となる耕地整理組合の事業で竣工、その後1988年(昭和63年)に大規模な改修が行われ、便覧の竣工年度は改修事業の竣工年度を採用していると思われます。
現在池の管理は受益者で組織される燈籠溜池水利組合が行っています。
 
防府市中心部から佐波川左岸沿いの県道184号を北上、山陽道、新幹線を潜り佐波川に架かる人丸橋手前を右折し、一車線半の市道を東進すると燈籠池に到着します。
市道は左岸を通り、道路沿いにダム改修事業の説明板と改修記念碑が建っています。
改修記念碑では『敷山溜池』となっています。一方説明板は文字がかなり剥げ落ち判読に難渋します。
 
 
天端は車両進入禁止。
左岸(手前側)に余水吐があり、天端へはここを渡ります。
 
余水吐導流部。
 
横越流式余水吐。
 
水が抜かれ右岸の斜樋がすべて姿を現しています。
 
貯水池
総貯水容量5万7000立米の小さな溜池です。
外来魚駆除目的で水が抜かれています。
 
燈籠池の由来となった貯水池の燈籠。
水を張った状態で見てみたかったなあ。
 
天端からの眺め
樹林の先に受益地である牟礼地区の水田があります。
 
上流面はコンクリートで護岸。
 
斜樋と土砂吐。
 
2057 燈籠池(1576) 
ため池コード 352060102
山口県防府市牟礼
馬刀水系馬刀川
15.2メートル
107メートル
57千㎥/57千㎥
燈籠溜池水利組合
1943年竣工
1988年大規模改修工事竣工

一の坂ダム

2020-11-30 11:17:07 | 山口県
2020年11月20日 一の坂ダム
 
一の坂ダムは山口市宇野玲の椹野川水系一の坂川上流部にある山口県土木建築部が管理する治水目的の重力式コンクリートダムです。
一の坂川は流路延長5.3キロ、流域面積10.5平方キロの小河川ですが、当地を治めた守護大名大内氏は一の坂川を京都の鴨川に見立てて山口の町割りを進め、山口が『西の京』と呼ばれる所以となりました。また市街地でも6月にはホタルが乱舞する自然豊かな河川として市民に愛されてきました。
しかし、上流は急流河川のため豪雨のたびに洪水被害が頻発、とりわけ1971年(昭和46年)の台風19号では100棟近くが床上浸水となる大きな被害が出ました。
これを受け山口県は風紀保存を求める地元住民の意見を入れながら『ホタル護岸』と呼ばれる蛍の生息に配慮した河川改修を行う一方、一の坂川上流部への治水ダム建設事業に着手、1983年(昭和58年)に竣工したのが一の坂ダムです。
一の坂ダムは建設省(現国交省)の補助を受けた補助治水ダムで、一の坂川の洪水調節のほか、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給を目的としています。
また、河川維持放流を活用して山口県一の坂ダム管理用発電所で最大100キロワットの小水力発電を行っています。
 
左岸を通る県道62号から見た一の坂ダム下流面。
非常用洪水吐としてクレスト自由越流式洪水吐が4門、常用洪水吐としてオリフィスゲートを1門装備。
Ⅴ字の斬縮型堤体導流壁がダムの表情を引き締めています。
でも目が向かうのは赤い帽子をかぶった円形の管理用発電所。
 
ダム湖は上流の錦鶏の滝の名前をとって錦鶏湖
ダム湖を示すこの看板も山口県営ダムではおなじみ。
 
ダム下の様子
赤い帽子の管理用発電所には2条の放流口があり、一方は河川維持放流用の放流管、もう一方は発電所の放流口となっています。
奥の建屋は発電所が建設される以前の放流設備のようです。
 
天端から
ダムの下流2キロほどでもう山口市中心街です。
 
錦鶏湖と名付けられたダム湖
総貯水容量は148万5000立米。
治水ダムですが、不特定利水及び堆砂容量分が貯留されています。
 
発電所が目立つのでダム下の写真を何枚も撮ってしまいます。
 
天端は車両通行可能
市街地近くということでウォーキングをするシニアが散見されました。
 
右岸に建つ完工記念碑。
 
左岸県道沿いの管理事務所
艇庫とインクラインが併設されています。
 
上流面
クレスト・オリフィスの右手に選択取水設備。
オリフィスとクレストの間が洪水調節容量となります。
 
自然保護を訴える市民や活動家の間では、自然環境や風紀とコンクリート建築物であるダムは両立ないという見方が強くあります。
しかし現実は異なります。
一の坂ダムはダム完成により河川流量が安定したことで、ホタルをはじめとした河川生息物にとってはより良い生息環境が出来上がった好例となっています。
 
(追記)
一の坂ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。
 
2089 一の坂ダム(1575) 
山口県山口市上宇野令
椹野川水系一の坂川
FN
42.1メートル
143.5メートル
1485千㎥/1285千㎥
山口県土木建築部
1983年
◎治水協定が締結されたダム 

荒谷ダム

2020-11-30 01:55:52 | 山口県
2020年11月20日 荒谷ダム
 
荒谷ダムは山口市宮野上の椹野川水系椹野川源流部にある山口県土木建築部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
荒谷ダムは建設省(現国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、椹野川の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給、山口市への灌漑用水及び上水道用水の供給を目的として1987年(昭和62年)に竣工しました。
 
ダム下流に架かる荒谷橋が絶好の展望所となっています。
堤体は渓谷に合わせた左右非対称。
非常用洪水吐としてクレストには10門の自由越流式洪水吐が並び、常用洪水吐としてオリフィスゲートが、さらにダム下部に河川維持放流用ゲートを装備しています。
訪問時はオリフィスから放流していました。
 
ややアングルを変えて
クレストにずらっと並ぶ自由越流式洪水吐はいかにも昭和末期のダム。
左右両岸には堤趾導流壁が設置され、減勢工の導流壁へと続きます。
 
天端は車両通行可能。
 
右岸の完工記念碑。山口県では竣工ではなく完工という言葉が使われます。
碑の周りには小さな堀が作られ親水公園のようになっています。
もともとは常時水が張られていたのかも?
 
右岸上流から
対岸には艇庫とインクライン、管理事務所が並びます。
 
天端から。
 
ダム直下にはアーチの荒谷橋が架かります。
1枚目、2枚目の写真はあの橋の上から撮ったものです。
 
宮野湖と命名された貯水池は総貯水容量520万立米。
 
左岸から下流面
個人的な好みでついつい堤趾導流壁に目が行ってしまいます。
 
左岸から上流面。
 
椹野川は上流部では絶滅危惧種の川魚が多数生息するほか、河口の干潟には同じく絶滅危惧種のカブトガニが産卵生息するなど自然豊かな清流として知られています。
ダム建設に当たっては環境の維持に配慮がなされ、河川維持放流による流量の安定は環境維持に大いに役立っているようです。
 
(追記)
荒谷ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。
 
2103 荒谷ダム(1574) 
山口県山口市宮野上
椹野川水系椹野川
FNW
56メートル
160メートル
5200千㎥/4950千㎥
山口県土木建築部
1983年
◎治水協定が締結されたダム 

阿武川ダム

2020-11-29 02:48:39 | 山口県
2020年11月20日 阿武川ダム
 
阿武川ダムは山口県萩市川上の阿武川水系阿武川中流部にある山口県土木建築部が管理する多目的重力式アーチダムです。
建設省(現国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、阿武川の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給、山口県企業局新阿武川発電所での最大1万9500キロワットのダム式発電を目的として1975年(昭和50年)に竣工しました。
 
ダム湖である阿武湖は総貯水容量1億5350万立米と中国地方最大、地方自治体管理のダムとしては全国第3位、全ダムで見ても全国23位の規模となっています。
また堤高95メートルは重力式アーチダムとして全国第2位を誇り、補助多目的ダムとしては日本最大クラスのダムの一つです。
阿武川ダム完成以降、日本で重力式アーチダムは建設されておらず、阿武川ダムは日本で最後に作られた重力式アーチダムとなっています。 
 
ダム下流にはダム建設工事中に湧出した阿武川温泉があり、温泉施設を抜けると目の前に阿武川ダムが聳え立ちます。
クレストには非常用洪水吐として左右2門ずつ計4門のローラーゲートを、コンジットには3門のバーチカルリフトローラーゲートを装備しています。
ダム左岸(向かって右手)に山口県企業局新阿武川発電所があります。
 
コンジットゲートをズームアップ
ずいぶん低位に位置しています。
 
発電所と放流口。
新阿武川発電所ではピーク発電を行っています。
 
左岸ダムサイトまで上がってきました。
ダムサイトには駐車場や管理事務所があります。
 
堤体から突き出た発電用水圧鉄管。
有効落差76.75メートルのダム式発電を行っています。
訪問時は点検作業中、人や車と比べると鉄管の太さがわかるかと思います。
 
天端はゲート手前で立ち入り禁止。
ゲートピアは被覆され豪雪地帯のダムのようです。
クレストゲートの間にコンジットの予備ゲート運搬用のガントリークレーンがあります。
 
左岸の管理事務所
 
天端から下流の眺め
赤い屋根は新阿武川発電所
副ダムの下流がカヌー競技場となります。訪問時は競技場の整備工事が行われていました。
 
阿武湖と命名されたダム湖。
総貯水容量1億5350万立米は中国地方最大。
 
上流から
堤体上部がずいぶんオーバーハングしています。
左から取水設備、クレストローラーゲート、コンジット予備ゲートと運搬用ガントリークレーン
ガントリーから吊り下げられた予備ゲートはキャタピラゲートのようにも見えます。
 
県ダムとしては日本有数のスケールを誇る阿武川ダム。
できればダム下で行われるカヌー競技を見てみたいものです。
 
追記(追記)
阿武川ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。
 
2081 阿武川ダム(1573)
山口県萩市川上
阿武川水系阿武川
FNP
GA
95メートル
286メートル
153500千㎥/131500千㎥
山口県土木建築部
1974年
◎治水協定が締結されたダム

佐々並川ダム

2020-11-27 14:47:17 | 山口県
2020年11月20日 佐々並川ダム
 
佐々並川ダムは山口県萩市川上の阿武川水系佐々並川にある中国電力が管理する発電目的のアーチ式コンクリートダムです。
1951年(昭和26年)の電気事業再編令で誕生した中国電力(株)は戦後の復興を受けた電力需要拡大に対処するため各所で電源開発を進めます。
中国電力は深い渓谷が続きダム建設にはうってつけの地形となっていた佐々並川に着目、1956年(昭和31年)から発電所及びダム建設事業に着手し1958年(昭和33年)に本体工事着工、翌1959年(昭和34年)に竣工したのが佐々並川ダムです。
ここで取水された水は約4.5キロの導水路で下流の佐々並川発電所に送られ最大1万4200キロワットのダム水路式発電を行っています。
佐々並川ダム一番の特徴はその堤体の薄さです。堤高67.4メートル、堤頂長127.3メートルに対して堤頂幅は2.5メートル、厚みは最も厚い基礎部分でもわずか8.8メートルとなっており、ダム愛好家の中では『日本で最も薄いアーチダム』として知られています。
さらに堤体積3万1000立米に対して総貯水容量2010万立米となっており、貯水効率はアーチダムでは屈指の648倍となっています。
 
今回は生雲ダムのある阿武川上流から佐々並川ダムを目指しましたが、一般には阿武川ダム経由の方がわかりやすいかと思います。 
ダム手前100メートルほどでダムと正対できます。
放流設備として自由越流式クレストゲートを5門、さらに放流管を1門装備しています。
 
クレストゲートをズームアップ
ゲート間の扶壁も極薄仕様。
 
減勢工
当然エレベータなどはなく減勢工に下りるにはキャットウォークを歩くしかありません。
 
水利使用標識。
 
堤体へ続く管理道路は立ち入り禁止ですが、右岸の道路からダムを俯瞰できます。
手前には竣工記念碑や説明板などがありますが、あそこまで立ち入ることはできません。
 
ゲート部分をズームアップ
堤頂幅はわずか2.5メートル。
 
堤体と貯水池(佐々並湖)
堤体積3万1000立米で総貯水容量2010万立米の貯水池を支えます。
 
アングルを変えて
奥は取水設備。
堤体の薄さが実感できます。
 
少しずつ上流側に移動して撮影します。
 
ここが限界
とにかく『薄い』。
 
佐々並川発電所への取水設備
作られたのは昭和30年代前半ということで大掛かりな設備になっています。
 
堤体へは立ち入りできませんが、アーチダムが一番映えるのは高台からの俯瞰です。
このダムは高台からの撮影ポイントは多く、どこからでもその薄さを実感できます。
 
(追記)
佐々並川ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。
 
2070 佐々並川ダム(1572) 
山口県萩市川上 
阿武川水系佐々並川 
 
 
67.4メートル 
127.3メートル 
20100千㎥/16000千㎥ 
中国電力(株) 
1959年 
◎治水協定が締結されたダム

生雲ダム

2020-11-27 14:37:41 | 山口県
2020年11月20日 生雲ダム
 
生雲(いくも)ダムは山口市阿東生雲中の阿武川水系生雲川にある中国電力の発電用重力式コンクリートダムです。
1951年(昭和26年)の電気事業再編令で誕生した中国電力(株)は戦後の復興を受けた電力需要拡大に対処するため各所で電源開発を進めました。
生雲ダムもそんな発電施設の一つで、阿武川に設けられた榎谷ダムから導水された水に加え、生雲川の水を約1.3キロの導水路で長門峡発電所に送水し、最大7500キロワットのダム水路式発電を行っています。
 
ダム周辺は長門峡を巡る中国自然歩道の起点になっており、各種案内板が設置されています。
ただ落石により生雲ダムから竜宮淵に通じるハイキングコースは長く立ち入り禁止のようです。
 
 
ダム下やダム上流からダムと正対できる場所はなく、上流からの撮影はこれが精いっぱい。
 
ローラーゲート2門に自由越流頂3門を擁しています。
 
水利使用標識。
 
天端へ通じる門扉の銘板。
 
 事前調査では天端への立ち入りは可能でしたが、在駐した職員に確認すると門扉の先は立ち入りできないとの言。
 
堤体右岸に取水口がありこれは取水口スクリーンの除塵装置。
 
下流側
中国電力らしくゲート扶壁前面にゲート操作室建屋が乗っかるスタイル。
 
ダム便覧フォトアーカイブスのほか各種訪問記を見ても天端への立ち理は可能のようです。
なんとなく消化不良感を抱えたまま見学は終了。
念のため帰宅後中国電力に確認したら天端は立ち入りできるとのこと。
現地の職員はクソ野郎でした。 
 
(追記)
生雲ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。
 
2065 生雲ダム(1571) 
山口県山口市阿東生雲中
阿武川水系生雲川
17.5メートル
66メートル
346千㎥/165千㎥
中国電力(株)
1953年
◎治水協定が締結されたダム

野道溜池

2020-11-27 12:53:21 | 山口県
2020年11月20日 野道溜池
 
野道(のどう)溜池は山口市阿東徳佐下の阿武川水系下谷川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧では1957年(昭和32年)に徳佐土地改良区の事業により竣工となっており、農林省(現農水省)の補助を受けた団体営事業で建設されたものと推察します。
土地改良区の統合により現在は阿東土地改良区が管理を受託しています。
 
天端の入口は国道315号線沿いにありますが、手前の枝道に入るとダム下に行けます。
ダム便覧では堤高が22.3メートルとなっていますが、見た目はそんな高さはありません。どうやらダム下は盛土が施されているようです。
訪問時は溜池改修工事の真っ最中で、天端にはプレハブが設置され工事車両が2台、ダム下にも散水車が止まっていました。
 
左岸の余水吐導流壁越しに
 
余水吐導流部。
たぶん余水吐減勢工の底が基礎地盤に近い高さと思われます。
ここからだと堤高20メートル超も納得できます。 
 
減勢工はそのまま下谷川となります。
底樋は確認できませんでした。
 
国道沿いにある天端入口へと向かいます。
国道わきの改修工事の看板。令和3年3月まで続くようです。
 
国道沿いに建つ竣工記念碑。
農業用のダムや溜池に行くとたいてい記念碑には銘文が刻されていますが、よくもまあ色々と文章が思い浮かぶものだと感心します。
 
天端と下流面、工事のため立ち禁です。
奥に工事用のプレハブが設置され工事車両が止まっています。
 
左岸の斜樋。
 
上流面
対岸に横越流式余水吐があります。
改修工事は余水吐周りで行われているようです。
 
山口県の危険ため池一覧では野道溜池は取水設備の老朽化、余水吐の老朽化及び断面不足の2点でCランクの評価がなされています。
今回の改修工事はそれに対応するものと思われます。
 
2068 野道溜池(1570) 
ため池コード  355040054
山口県山口市阿東徳佐下
阿武川水系下谷川
22.3メートル
205メートル
565千㎥/565千㎥
阿東土地改良区
1957年 

福谷溜池

2020-11-27 01:49:50 | 山口県
2020年11月20日 福谷溜池
 
福谷溜池は山口市阿東徳佐中の阿武川水系福谷川源流部にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧では1926年(大正15年/昭和元年)竣工となっている一方、現地記念碑には『工事着手大正十四年 工事完了昭和八年』と記されています。
溜池の建設工事に8年の年月を要するのはちょっと時間がかかり過ぎているようにも思えますが、ここでは記念碑の昭和8年(1933年)を竣工年度とすることにします。
その後1997年(平成9年)6月に当時の阿東町を震源とする山口県北部地震が発生し、堤体に約50メートルの亀裂が発生するとともに底樋が破損しました。折から襲来した台風により堤体決壊が危惧されたため、余水吐を破壊し貯水池の水抜きが行われ下流への災禍が防がれました。
同年10月より県の災害復旧事業が着手され2000年(平成12年)に竣工し現在に至っています。
池の管理は受益者で組織される福谷溜池維持組合が行っています。
 
山口市阿東徳佐中の国道315号から、福谷川沿いのダートの隘路をひたすら北に進むと福谷溜池に到着します。
 
ダム下から
堤体の枯れ草が陽を浴びて黄金色に輝いてなかなかの眺めでした。
写真では分かりづらいですが左岸(向かって右手)に余水吐導流部があり、ダム下をL字に折れて手前の水路に至ります。
一方堤体中央右岸側に底樋樋門があります。
 
堤体直下には2基の石碑があります。
左は大正から昭和にかけての溜池建造に至る由来碑、右は山口県北部地震による復旧工事の竣工記念碑。
 
 
天端。
 
コンクリートで護岸された上流面
対岸に横越流式余水吐があります。
 
下流の眺め
余水吐からの導水路は堤体直下で底樋と合流しこの流れが福谷川となります。
 
総貯水容量26万立米の貯水池。
二つの沢の合流地点に池は作られたようで、池の中央に尾根が突き出しています。
 
右岸から上流面
対岸に斜樋があります。
 
斜樋をズームアップ。
シャフトが2本。
 
左岸の横越流式余水吐
コンクリートが白いので、近年さらに改修があったのかもしれません。
 
上流側から見た余水吐
中央のコンクリートが越流部となります。
 
3572 福谷溜池(1569) 
ため池コード 355040063
山口県山口市阿東徳佐中
阿武川水系福谷川
16.8メートル
75メートル
260千㎥/260千㎥
福谷溜池維持組合
1933年 

末武川ダム

2017-08-01 14:41:31 | 山口県
2017年7月19日 末武川ダム
 
末武川ダムは山口県下松市の西端、周南市との境界付近の末武川中流部にある山口県営の多目的ロックフィルダムです。
周南市八代に源を発し下松市西部をほぼ南北に流下して周防灘に注ぐ末松川は豪雨のたびに洪水被害をもたらす一方、夏場には渇水が頻発し水不足が問題となっていました。
さらに戦後の徳山下松港の整備に伴い周南コンビナートが形成され都市用水の需要は一気に高まりました。
これらの諸課題に対処すべく、山口県は末武川総合開発事業を策定、1991年(平成3年)に竣工したのが末武川ダムです。
末武川ダムは末武川の洪水調節、適正な河川流量の保持、上水道用水及び工業用水の供給を目的とするほか堤体直下の山口県企業局末武川発電所で最大出力1600キロワットの発電を行っています。
また末武川ダム湖周辺は米川公園、原石山公園、瀬戸公園などが整備されるとともにダム湖を周回する遊歩道も設置され地域住民の憩いの場となっています。
 
末武川ダムは県道41号線沿いにありアプローチは簡単です。
まずは下流の末武上地区から川沿いの道を遡上して堤体直下を目指します。
堤体下部は地山に隠れますが、洪水吐越しに見るダムはまさにロックフィルダム見学の醍醐味です。
 
ダム湖周辺は公園として整備されています。
 
取水塔とインクライン。
 
左岸から上流面。
 
ダム湖(米泉湖)、総貯水容量は1957万立米
ダム湖を周回する遊歩道もあり、平日の早朝にもかかわらず多くの市民がウォーキングやランニングを楽しんでいます。
 
天端
一般車両は左岸でゲートアウト
天端の岩には地元市民から寄せられた短歌や俳句が彫刻されています。
 
洪水吐導流部
一番上の写真はこの下から撮ったものです。
 
右岸の管理事務所と横越流水路式洪水吐。
 
アングルを変えて
手前が非常用洪水吐の越流壁
奥にダム穴風の常用洪水吐が見えます。
 
ダム穴風洪水吐をズームアップ
オリフィス用のゲートが見えます。
 
下松市は例年住みよい街ランキングで上位の常連となっており、山口県内の市町村では数少ない人口増加自治体です。
そのため平成の大合併でも周南市への合併には加わらず独自の道を選択しました。
そんな下松の治水と水を支える末松川ダムは、市民の憩いの場としても住みよい街の一翼を担っています。
 
追記
末武川ダムには洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらなる洪水調節容量が確保されることになりました。
 
2096 末武川ダム(1094)
山口県下松市瀬戸
北緯34度03分21秒,東経131度52分24秒
末武川水系末武川
FNWIP
 
89.5メートル
275メートル
19570千㎥/18770千㎥
山口県土木建築部
1991年
◎治水協定が締結されたダム

真締川ダム

2017-08-01 01:57:35 | 山口県
2017年7月19日 真締川ダム
 
真締川ダムは山口県宇部市の真締川上流部、支流の戸石川との合流地点に建設された山口県営の治水目的のアースダムです。
宇部市男山に源を発し宇部市内を南北に流下して周防灘に注ぐ真締川は延長8.3キロの二級河川ですが、疎通能力が低く豪雨のたびに市街に洪水被害をもたしました。一方流域の農家にとっては貴重な水源になっていますが、少雨の際には渇水被害が頻発し抜本的な治水対策が求められました。
そこで山口県は真締川水系河川整備計画を策定し2009年(平成21年)に竣工したのが真締川ダムです。
真締川ダムは真締川の洪水調節、既得取水権として灌漑用水への補給と安定した河川流量の保持を目的としています。また全国的に見ても数少ない防災目的のアースフィルダムとなっています。
 
国道490号線白石交差点から市道を西進すると真締川ダムの標識が現れ、これに従って右折すると真締川ダムに到着します。
ダムの東には『宇部かま』の工場と直販所がありこれが目印となります。
ダムは真締川と支流の戸石川の合流地点に建設され堤体中央の洪水吐を中心に東西に堤体が伸びています。
ダム便覧では堤頂長354.5メートルの一つのダムとしていますが、フィルダムの中央に洪水吐を設置するのは掟破りのはず?
厳密には東の真締川を堰き止める堰堤(地図の赤線部分)と西側の戸石川を堰き止める堰堤(地図の青の部分)の2基のアースダムによって形成されていると見るほうが妥当な気がするのですが・・・。
 
『宇部かま』直販所の向かい側、ダム左岸に管理事務所と駐車場があります。
ダムの案内図
ここでは真締川側と戸石川側の2基の堤体を分けて掲載しています。
 
左岸から見たダム湖(未来湖)、総貯水容量は84万2000立米とダムとしてはさほど大きくはありません
右手の橋脚は山陽自動車道です。
 
上流面はロック材が敷かれています
奥は洪水吐と取水塔。
 
きれいに整備された天端。
 
洪水吐
両側が非常用洪水吐、奥の切れ込みの穴が常用洪水吐になるようです。
 
減勢工
副ダムの先で真締川と戸石川が分流されます。
 
下流から洪水吐を見上げると。
 
真締川側(東側)の堰堤
上部には石が葺かれぱっと見ロックフィルダムのようです。
 
戸石川側(西側)の堰堤。
 
洪水吐と取水塔。
 
右岸から上流面。
 
見た目はロックなのに実は日本では数少ない防災専用のアースフィルダム。
それ以上にやはり洪水吐を挟んだ堤体を一つのダムと見るか?2基の別々のダムと見るか?
個人的には後者の方なんですがいかに?
 
3176 真締川ダム(1093
山口県宇部市川上
北緯33度59分36秒,東経131度16分13秒
真締川水系真締川
FN
21.9メートル
354.5メートル
842千㎥/760千㎥
山口県土木建築部
2008年

川上ダム(再)

2017-07-31 23:27:39 | 山口県
2017年7月18日 川上ダム(再)
 
川上ダムは山口県周南市の富田川本流にある山口県営の多目的重力式コンクリートダムです。
戦前より旧徳山市沿岸部では工場進出が相次ぎ、工業用水確保のため1940年(昭和15年)に錦川上流域に日本初の多目的ダムとして向道ダムが竣工しました。
戦後の復興から高度成長期にかけて徳山市や隣接する新南陽市沿岸部への工場の集積は一段と加速、新たな水源確保のために旧徳山市から旧新南陽市を南北に流下する富田川に1962年(昭和37年)に竣工したのが川上ダムです。
当初の川上ダムは堤高46.5メートル、堤頂長120メートルの規模で富田川の洪水調節および工業用水の供給を目的としていました。
その後1965年(昭和40年)には錦川に菅野ダムが完成しますが、沿岸工業地帯の発展はとどまるところを知らず併せて人口増加に伴う上水道用水も含めた都市用水の新たな水源確保が喫緊の課題となりました。
そこで山口県は1971年(昭和46年)より川上ダムの再開発に着手、堤高を16.5メートル嵩上げして貯水容量を2倍以上に増やし、当時建設省(現国交省)が佐波川支流島地川に建設中だった島地川ダムから導水トンネルを建設し、同ダムから導水した水を工業用水・および上水道用水として供給することにしました。
川上ダムの再開発事業は日本初の本格的なダム再開発事業として1979年(昭和54年)に竣工、現在は富田川の洪水調節に加えて上水道用水および工業用水の供給を目的としています。
 
川上ダム下流に県道3号線川上大橋が架かっており、端から川上ダムと正対することができます。
クレストには非常用洪水吐として3門の赤いラジアルゲート、向かって左(右岸側)にはオリフィスゲートがあります。
堤体下部からの放流は河川維持放流です。
 
写真手前の施設は取水設備からのラインで、浄水場への機場ではないかと思われます。
 
右岸上流から
赤いラジアルゲート3門に、手前はオリフィスゲートの予備ゲート。
 
ゲートをズームアップ
ラジアルゲート手前の赤いラインはゲートの予備用の角落しを嵌めこむための戸当たりのようです。
 
天端は車両通行可能
右手はゲート操作室、左手は予備ゲート操作室。
予備ゲートは天端の金属板を外して嵌め込みます。
 
右岸上流にある取水設備
このクラスのダムでは珍しく傾斜式シリンダーゲートです。
ここで取水された水は上から2番目の写真の設備に向かうようです。
 
ダム湖(菊川湖)は総貯水容量1372万立米
島地川ダムからの導水路吐口があるはずなんですが、確認できませんでした。
 
天端からの眺め
正面の橋梁が県道3号線川上大橋です。
 
左岸の管理事務所。
 
左岸には岬のような出っ張りがあり上神神社という社が鎮座しています
水を祀るようなものではなく、たぶん水没した集落にあったものが移設されたのではないかと思われます。
 
この周辺には日本初の多目的ダムや世界初RCD工法で建設されたダムなど◎◎初のダムが多いのですが、この川上ダムも日本で初めて本格的な再開発が行われたダムという枕詞がつきます。
 
追記
川上ダム(再)には洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらなる洪水調節容量が確保されることになりました。
 
2085 川上ダム(再)(1092
山口県周南市川上
北緯34度06分31秒,東経131度47分12秒
富田川水系富田川
FWI
63メートル
187.3メートル
13720千㎥/13500千㎥
山口県土木建築部
1962年
1979年再開発竣工
◎治水協定が締結されたダム

温見ダム

2017-07-31 16:39:26 | 山口県
2017年7月18日 温見ダム 
 
温見ダムは山口県下松市の末武川上流部にある多目的重力式コンクリートダムです。
1960年(昭和35年)に農林省(現農水省)の補助を受けた山口県の事業で建設され、現在は下松市が受託管理を行っています。
主として灌漑用水の供給を目的として建設されましたが、下松市への上水道用水及び工業用水の供給も行っています。
また河川維持放流を利用した小水力発電所の設置が検討されているようです。
 
温井ダム右岸を県道139号線を通っておりアプローチは簡単です。
まず下流からダムが見えるポイントを探して温見集落を右往左往しましたがこの写真がいいところです。
写真左手の民家の先を進めば堤体直下まで行けそうでしたが、ダートなうえに雨が降り出してきたので無理はしませんでした。
クレストに赤いラジアルゲートが2門、コンジットやオリフィスはなさそうです。
 
ダム右岸の管理事務所前には温見ダム建設の父として『木原六郎』氏の顕彰碑があります。
ネットで調べると多くの肩書を持つ地元の名士ですが、温井ダムが農業用ダムとして建設された経緯から推察すると『下松・徳山土地改良区連合理事長』という肩書が一番当てはまりそうです。
 
ダムの諸元表。
 
下流面。
 
天端は立ち入り可能
でも中央のゲート操作室で行きどまりですが・・・。
 
真上から見れないのでこのアングルから
堤体下部からの放流は河川維持放流のようです。
 
右岸の管理事務所。
 
上流面
ゲートピアの形状や円形の取水設備がレトロ感を引き立てます。
 
右岸上流側の謎の構造物?
 
ダム湖上流から
ダム湖の総貯水容量は452万立米。
 
諸先輩方のブログやホームページでは温見ダムを山口県営ダムと書かれている方が多数いますが、農林省の補助を受けて山口県農林部の事業で建設された農業ダムで、厳密には下松市が受託管理を行っているというのが正しいところです。
 
2073 温見ダム(1091
山口県下松市温見
北緯34度05分11秒,東経131度54分05秒
末武川水系末武川
AWI
36メートル
135メートル
4520千㎥/4520千㎥
下松市
1960年

平瀬ダム

2017-07-31 15:36:18 | 山口県
2017年7月18日 平瀬ダム 
 
平瀬ダムは山口県岩国市錦町の錦川本流中流部に建設中の山口県営の多目的重力式コンクリートダムです。
山口・島根県境の莇ヶ岳に源を発し大きく蛇行を繰り返したのち支流の宇佐川、生見川をあわせて岩国市中心部を貫流して瀬戸内海にそそぐ錦川は延長110キロの山口県最大の河川です。
錦川水系では1945年(昭和20年)の枕崎台風、1950年(昭和25年)のキジア台風、1951年(昭和26年)のルース台風と立て続けに台風の襲来を受け流域で甚大な被害が発生しました。
そこで山口県は錦川総合開発計画を策定、1965年(昭和40年)に錦川上流に菅野ダムを、1984年(昭和59年)に左支流の生見川に生見川ダムを建設します。
しかし錦川下流域ではその後も洪水被害が絶えない一方、夏場の水不足による大規模な取水制限が実施されるなど一段の治水・利水対策が必要となりました。
そこで1988年(昭和63年)から建設事業に着手し、2021年(平成33年)竣工予定で建設されているのが平瀬ダムです。
平瀬ダム完成のあかつきには、錦川流域の洪水調節容量は現在の2倍近くに拡大する見通しです。
 
錦川流域の洪水調節容量(山口県のホームページより)
 
平瀬ダムは菅野ダム、生見川ダムと連携しての錦川の洪水調節、既得取水権への補給と安定した流量の維持、岩国市への上水道用水の供給を目的とするほか、ダム直下に建設する水力発電所で最大1100キロワットの発電を行う予定です。
 
平瀬ダム右岸上流側に展望台が設置され建設現場を俯瞰することができます。
展望台からの眺め
左奥はつけ替えられた国道434号線の橋脚。
 
右下が建設中の堤体
左岸高台にプラントがありベルトコンベアが見えます。
 
建設中の堤体。
 
ケーブルクレーンで生コンが運搬されてきました。
 
ダムカードは岩国市錦町にある錦川総合開発事務所で配布されています。
 
追記
平瀬ダムには洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらなる洪水調節容量が確保されることになりました。
 
2098 平瀬ダム(1090)
山口県岩国市錦町広瀬
北緯34度15分15秒,東経131度56分14秒
錦川水系錦川
FNWP
 
73メートル
300メートル
29500千㎥/27500千㎥
山口県土木建築部
2021年
◎治水協定が締結されたダム