ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

藤古川ダム

2016-03-25 20:00:00 | 岐阜県
2016年3月21日 藤古川ダム
 
藤古川ダムは岐阜県不破郡関ケ原町の藤古川にある関ヶ原町が管理する上水道用の重力式コンクリートダムで、1963年(昭和38年)に岐阜県の事業で建設されました。
 
ダムがあるのは関ヶ原古戦場の真っただ中で、ダムの天端も史跡遊歩道のコースになっています。
大谷吉継の墓を目指すと藤古川ダムに到着します。
 
ダム手前にある藤古川ダムの説明板。
 
天端はゲート部分が階段で高くなっている1950年代ごろまでによくみられたスタイル。
歴史遊歩道のコースになっています。
 
左岸の取水塔。
 
ダムに隣接して浄水場があります。
 
ゲートから越流。
 
副ダムと半円形の減勢工。
 
ダム便覧には下流から見ることができないとありましたが、登山靴があれば左岸下流のスギ林を下って河原へ降りれそうです。 
 
3629 藤古川ダム(0266)
左岸 岐阜県不破郡関ケ原町関が原
右岸         同町藤下
木曽川水系藤古川
16メートル
78メートル
125千㎥/125千㎥
関ヶ原町水道環境課
1963年

大谷池

2016-03-25 16:00:00 | 岐阜県
2016年3月21日 大谷池
 
大谷池は岐阜県不破郡垂井町の南宮山北側にある灌漑用アースダムで、1914年(大正3年)に垂井町の事業で築造されされました。その後岐阜県のため池等整備事業で整備され現在は大谷溜池用水組合が管理を行っています。
 
垂井町の朝倉運動公園の北側にある真禅院という寺の西側から大谷池へ通じる林道がでています。
真禅院の駐車場に車を止めて林道を10分ほど歩くと大谷池に到着します。
下流面はきれいに刈り払われています。
 
天端
日陰になっていて露出が難しい。
 
上流面は下部がコンクリートで補強されています。
 
右岸の洪水吐。
 
大谷池。
奥の山は関ヶ原の戦いで毛利勢が陣を張った南宮山です。
 
湖面が朝日に煌めきます。
 
左岸の斜樋。
 
大谷池はのすぐ南にある南宮山は関ヶ原の戦いの勝敗を分けるカギになった山です。
西軍主力の毛利勢がこの周辺に陣を張りましたが、山麓に陣取った一族の吉川広家が東軍に通じたために山上の毛利勢は兵を動かすことができず、これが西軍敗因の一つとなりました。
大谷池は歴史ロマン真っただ中にあります。
 
1048 大谷池(0265)
ため池データベース 213610021
岐阜県不破郡垂井町宮代
木曽川水系相川
18.7メートル
82メートル
161千㎥/161千㎥
大谷溜池用水組合
1914年

平尾1号溜池

2016-03-25 12:00:00 | 岐阜県
2016年3月20日 平尾1号溜池
 
平尾溜池は岐阜県不破郡垂井町にある灌漑用アースダムで、1916年(大正5年)に大垣市青野地区と垂井町平尾地区が共同で建設しました。
平尾溜池は下流の2号溜池と上流の1号溜池で形成され二つのため池はサイフォン方式で結ばれており、下流の2号溜池の水位が下がると1号溜池の水が流入して補充されるシステムです。
したがって二つのため池は常に同じ水位を維持しています。
 
平尾2号溜池から林道を300メートルほど北に進むと1号溜池に到着します。
2号同様下流面はきれいに刈り払われています。
 
天端は車道です。この道は東海自然歩道のハイキングコースになっています。
 
上流面はコンクリート補強。
 
貯水池の規模は2号溜池の半分以下です。
 
下流面。
奥の水路は洪水吐からの導流路。
左岸の洪水吐。
 
1号溜池には取水設備はなく2号溜池の水位が下がるとサイフォン導水路で流出する仕組みです。
両者をつなぐサイフォンの水路を見に行こうと思いましたが立ち入り禁止のため叶いませんでした。
 
1052 平尾1号溜池(0263)
ため池データベース 213610001
岐阜県不破郡垂井町平尾
木曽川水系杭瀬川
19.9メートル(ため池データベース 19メートル)
65メートル
160千㎥(ため池データベース 159千㎥)/160千㎥
不破郡北部土地改良区
1916年

平尾2号溜池

2016-03-25 10:00:00 | 岐阜県
2016年3月20日 平尾2号溜池
 
平尾溜池は岐阜県不破郡垂井町にある灌漑用アースダムで、1916年(大正5年)に大垣市青野地区と垂井町平尾地区が共同で建設しました。
平尾溜池は下流の2号溜池と上流の1号溜池で形成され二つのため池はサイフォン方式で結ばれており、下流の2号溜池の水位が下がると1号溜池の水が流入して補充されるシステムです。
したがって二つのため池は常に同じ水位を維持しています。
 
美濃国分寺跡の西側で県道216号から町道を北に折れ東海道線のガードをくぐると平尾2号溜池に到着します。
天端は車道になっておりこの先を進むと1号溜池へと向かいます。
またこの道は東海自然歩道のハイキングコースになっています。
 
上流面はコンクリートで補強されています。
 
取水設備。
 
左岸の洪水吐。
 
 
下流面はきれいに刈り払われています。
洪水吐からは薄く越流していました。
 
平尾溜池の由来。
 
 
1051 平尾2号溜池(0262)
ため池データベース 213610002
岐阜県不破郡垂井町平尾
木曽川水系杭瀬川
25メートル
107.9メートル
359千㎥/359千㎥
不破郡北部土地改良区
1916年

犬上川ダム

2016-03-25 06:00:00 | 滋賀県
2016年3月20日 犬上川ダム
 
犬上川ダムは滋賀県犬上郡多賀町の淀川水系犬上川にある多目的重力式コンクリートダムで犬上川沿岸土地改良区が管理を行っています。
近江盆地は日本屈指の穀倉地帯ですが、河川の多くが天井川で安定した灌漑用水の確保が課題となっていました。
犬上川流域も事情は同じで1932年(昭和7年)には水争いの結果流血事件が起こるほどの騒ぎとなりました。
この事態を受け滋賀県は1934年(昭和9年)に犬上川南谷源流部に犬上川ダムを着工しますが、戦争激化により工事は中断、終戦直後の1946年(昭和21年)にようやくダムは竣工しました。
犬上川ダムは灌漑目的のコンクリートダムとしては日本で最古の部類のダムの一つとなっています。
また1954年(昭和29年)に関西電力犬上発電所が増設され最大1100キロワットの発電を行っています。
 
甲良から県道226号~34号を東進すると犬上川ダムに到着します。
赤いゲートが際立ちます。
 
コンクリートの打継面、越流部の苔やしみ出た骨材の錆色の着色
戦後すぐにできた時代感が伝わってきます。
 
天端とゲート操作室
円形の機械室は戦前の設計ではよくみられるデザインです。 
天端は歩行者と二輪車が通行可能。
 
発電所の取水口。
 
すり鉢状の減勢工。
 
アングルを変えて 
独特のすり鉢に加えて錆び、苔、つぎはぎ…ある意味これがこのダムのエッセンスかも??
現実には物資不足の戦中に建設されたため人間でいえば骨粗しょう症のような状態。
 
上流面
ぎざぎざのゲートは恐竜っぽい。
 
ダム便覧では昭和21年竣工ですがこちらは22年。
 
この辺のデザインは同じ農業用コンクリートダム黎明期の埼玉の間瀬ダムに共通するものがあります。
 
植林を下りなんとか下流から。
 
犬上発電所への水圧鉄管。
 
至る所でオールドダムの魅力を感じることができるダムです。
できれば河原に下りてすり鉢状の減勢工を至近で見てみたいものです。
 
 
追記
犬上川ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流により新たに85万9000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
1351 犬上川ダム(0260)
滋賀県犬上郡多賀町萱原
淀川水系犬上川
AP
45メートル
135メートル
4500千㎥/3700千㎥
犬上川沿岸土地改良区
1946年
◎治水協定が締結されたダム