国際結婚はたいへんだった(第2章)

ボリビア人女性との国際結婚に至るまでの道のりを記録するために立ち上げたブログです。最近は妻との日常生活を綴っています。

はじめに

私(Yasuhiro)とボリビア人のLinda(通称)は2015年9月29日にニューヨークで結婚しましたが、翌2016年の1月3日にも妻の実家があるコチャバンバで式を挙げました。3ヶ月以上もの日を措いて2度結婚することになった訳ですが、その「たいへんだった」経緯については「結婚@NYまで」のカテゴリーにまとめています。

速報

2015-10-25 | 日記

Lindaが無事自宅に着きました。頭に付いているのは祝福の紙吹雪です。もう少ししたらご家族が踊りを見せてくれるそうです。

続報
 本当は昨日のうちに続報を上げたかったのですが、画像のアップロードがどうしてもできなかったので諦めました。スクリーンショットなので重くはないのですが。(これもWindows 10 mobileのバクなのかもしれませんが、gooブログの画像フォルダメニューからの登録がうまくいきません。何十回と試みて「マグレ」で1回成功するのがやっとという体たらくです。本当は動画を撮ってアップしたかったのですが絶対無理です。)




Lindaの十数年ぶりの帰還でお宅はお祭り騒ぎ。民族衣装をまとったご家族&ご親戚が歌や踊りを披露してくれました。皆さん芸達者でしたが、とくに司会を務められていたAさんのお兄さんは陽気な方で私に日本語で話しかけてくれました。この人達に会えるのが今から楽しみです。
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ついに帰国

2015-10-24 | 日記

先ほどLindaと話しました。中継地のマイアミ空港からです。今日彼女は10年以上過ごしたニューヨークを発って帰国の途に就きました。長年同居していたMartines一家やその他ラテンアメリカの友人達との別れは辛かったようですが、元気に振る舞っていました。今あちらは土曜日になったところ(真夜中)ですが、ラパスには午前7時に着くとのこと。(そんなに近かったのか?)そして、今日のうちに家族の待つコチャバンバへ向かうそうです。

ところでもう書いても大丈夫でしょうが、彼女は在留許可が切れてオーバーステイになっていたので、米国を出たが最後、乗り継ぎも含めて再入国は拒否されることになります。(将来日本国籍を取って日本のパスポートがもらえたら可能になるかもしれませんが。)このことが今後の私たちの行動にいろいろと足枷になってくるのですが、その話はまたいつか。
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心境の変化

2015-10-22 | 結婚@NYまで
先に「生涯独身で人生を終えるのは既定路線で不満もなかった」などと書きましたが、それは本当です。私は一人でいても全然平気な人間です。沈黙も苦になりません。いい音楽か書物(できれば両方)さえあれば、あるいは詰将棋の問題集(ちょっと骨のあるもの)とマグネット式の将棋セットでもあれば退屈することも決してありません。現にパラグアイでの最後の年はそういう生活を数ヶ月送っていました。(せっかく任期を延長したのに干ばつで仕事がなく、村人の多くが50km離れたドイツ系居住地に出稼ぎに行ってしまったため誰とも口を利かない日が続いたこともあります。独り言はつぶやいていましたけど。)

そういえば何かの本で「一人と孤独は違う」というエッセイを読んだがあります。「一人」というのは単にその状態を示しているだけ。けれども「孤独」というのは価値観の違う人間が近くにいてはじめて生まれるものであり、そういう人間が周囲に増えれば増えるほど「孤独」はより深いものとなる。これには納得しました。高二の時と大学の4年間(学部)はまさにそうでしたので。(ついでに後で知ったことには「孤独と孤立は違う」という考え方もあるようです。「孤独は個人というものがきちんと立つために必要なもの」であるのに対し、「孤立は周りを遮断してしまうし戦争や自殺も招く」とのこと。なるほど。)

ということで、不惑の年が近づく頃には「決して何事も起こすまい」と堅く心に決めていました。サッカーに喩えると、引き分けで勝ち点1が取れれば御の字のチームが自陣でボール回しをしている状態に近いといえましょうか。ところがところが・・・・・

40代も後半に入ると「このままじゃあまりにも予定調和すぎてつまらない」と考えるようになりました。長いこと「これが運命ならしゃーない」と割り切っていたのですが、突如それに反旗を翻してみたくなったのです。

世間的には「ふつう」「まとも」な人は20~30代に結婚して家庭を持つとされているようですが、私ぐらいの年齢になると逆に生涯独身の方がむしろ「ふつう」になってきます。これが面白くなかった。(とにかく多数派になるのが嫌な人間なので。)ネット掲示板に出ていたので信頼できるデータではないかもしれませんが、「40代未婚男性の結婚率は数%で50代だと1%を切る」という書き込みを目にして「なら確率の低い方へ行ったろか」と思ったりもしました。

それでも自分から積極的、具体的に動いてみようという気はまるで起こりませんでしたが。

(基本的にめんどくさがりですからね。ひとたび興味を持って着手すれば寝食を忘れるほどにのめり込んだりもするのですが・・・・このブログ書きのように。要はオタク気質ということです。)
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鬼には笑われたくない

2015-10-19 | 日記
昨日は町内会主催の祭でした。





父の隣に座っている人の家とはいわゆる「同家」の関係です(その人の義理のお母さんと私の祖母が姉妹)。「いつ会わせてもらえるんや?」と尋ねられました。もちろんLindaのことですが、とりあえず「早くて1月」と答えておきました。(それ以上のことは言えません。)その後Skypeのビデオ通話を試みたのですが、残念ながら転送速度が遅いため彼女の姿はハッキリ見せられませんでした。

以下は昨日最初に送ったメッセージ。叶うといいですが。というより実現しなかったらえらいことですわ。

Hoy es el día de la fiesta de la comunidad. Estoy alegre pensando que estarás aquí el año próximo.
(今日は町の祭の日だけど来年君がここにいると考えたら僕は嬉しいよ。)


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いきさつ3

2015-10-17 | 結婚@NYまで
「いきさつ2」のコメント(あれ?)に書いたように、いい加減な記憶のせいで何年のことかハッキリしなくなってしまいましたが、例によって3月末に上京した際に(たぶん町田市で)K君と会いました。これまたいつものことですが、お互いの、そして共通の知人の近況などを話したりしているうちに時間はあっという間に過ぎ、そろそろお別れという時になって私はふとあの話を思い出し、彼に尋ねてみました。(本当に直前までは忘れていたのです。)

「この前言ってた奥さんの従姉妹を紹介するという話、あれまだ生きてるのか?」

そうしたら彼が「そうだ」と答えたので私はこう続けました。

「なら伝えてくれ。準備はできた、と。」

すべてはここから始まりました。(なお、この通りの台詞を言ったとは思っていません。自分にしては格好良すぎますから。)

一度は辞退した申し出を何年か後に受け入れるつもりになったのは、少し前から起こり始めていた心境の変化が無意識のうちに作用したと考える他にありません。では、その「心境の変化」とは?
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もう2ヶ月

2015-10-16 | 日記

今日の昼休みに異文化理解A(8月にミシガンのレイクスペリオール州立大学で行われたサマープログラム)の報告会があり、引率教員だった私は義務感から、いや興味津々で聴きに行きました。

時間の関係で参加した学生の8名のうち4名のみが発表を行いましたが、配付資料(滞在中に興味を持ったことについて各人がまとめたパワーポイントの印刷版)は全員分ありました。

その後、一人ずつ研修の感想や得られたことなどを述べました。

学生のプレゼンがどれも短かったので「結構時間が余るのかな」と思っていましたが、最後に理事さんによる締めのスピーチがあってほぼ時間通りに終わりました。何かしゃべらされることになった場合に備えて私もスライドショー(ミシガンおよびニューヨークでの二人一緒の写真の数々)を用意していましたが、終了後残った人達に見てもらいました。後日このブログでも使うことになるかもしれません。
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NYから

2015-10-15 | 日記

昨日Lindaから手紙(6日付)が届きました。最初に「これがニューヨークからの最後の手紙になると思う」と書かれていましたが、彼女は来週中にボリビアへ帰ることになっています。(引っ越しの準備 (船便での荷物の発送) も順調に進んでいるようです。)これまで事情があって帰るに帰れなかったのですが(その話はいつか)、これでお父さん(84歳)の世話ができると喜んでいました。

一方、私はこれを8日に送ったのですが、無事着いたようです。彼女の入国ビザ申請に必要な書類一式です。ボリビアの自宅宛に送るのは不安だったので、少し高くても早くて安全なEMSを使いました。(こういうところでケチってはダメです。)

ところでリンク先の "Documentos que debe enviar el residente en Japón"(日本在住者が送らなければならない書類)の最後にある "Certificado de Elegibilidad" は辞書で調べると「被選挙資格の証明書)ですが、ページの一番下で説明されているように、"Zairyu Shikaku Nintei Shomeisho" を指します。ところでこれって先日私が入管に発給を申請したもの。

つまり、厳密には在留資格証明書を取得して初めてビザ申請ができるということになります。(他の書類があれば申請を受け付けてもらえると後で知りましたが。)

婚姻の事実がないと(戸籍に反映されないと)在留資格証明書の申請はできず、それがないとビザが取れない。来年早々にボリビアで結婚式(civilとreligiónの両方)を挙げるという当初のプラン通りだったら、彼女の来日まで下手をすると何ヶ月かかるかわからないところでした。ボリビアでの挙式が時間的に不可能と判明し、NYでcivilだけ済ませることになったのは結果的に大ラッキーだったといえます。(この辺りについては後日「過去」の日記で詳しく。)


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手続き完了

2015-10-13 | 日記
昨日の体育の日は祝日授業日のため出勤させられたので、代休を取って午後に大阪入国管理局大津出張所へ行ってきました。目的はLindaの在留資格認定証明書交付申請のためです。ネットで県庁のすぐ近くで大津駅から徒歩1分と知りましたが、職場から南彦根駅までのバスの所要時間を加えたら大して変わらないだろうと思い、車で行くことにしました。自分の運転では初めての場所ということでカーナビの目的地に設定しておいたのですが・・・・・

近江大橋を渡ったところで狭い道に誘導されてしまいました。その後は京阪電車の踏切を2回渡らされるは、自転車や歩行者、そして対向車にヒヤヒヤさせられるはと散々。こんなことなら検索&印刷しておいたGoogleマップの通りに走れば良かった。

出張所は大津びわ湖合同庁舎の6階にあります。

受付の後の待ち時間中に中も撮りましたが、撮影禁止の貼り紙が目に入ったため自主的に削除。見本ぐらいは構わないよと言われたので、これだけは残しました。

わからないところや未定の項目(入国予定年月日や上陸予定港など)はブランクにしておき、職員さんの指示に従って埋めていきました。こういう所で機嫌を損ねると面倒なことになるのを知っているので絶対逆らわないつもりでしたが、対応はとても紳士的だったので申請手続きは10分ほどで終わりました。

そしてこれをもらいました。何かあれば連絡するとのことですが、スムーズに在留資格(配偶者ビザ)が発給されることをただただ願っています。
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お見合い

2015-10-12 | 結婚@NYまで
ついでながら就職後に持ちかけられた話についても少し。親が数件持って来ましたが、履歴書を見て即座に興味が失せました。私はまず趣味の欄を見ますが(注)、決まって「旅行」とあったからです。(注:写真なんかいくらでも修正できるという話ですし、容姿は所詮二の次、三の次と思っているので。もし「人生観」や「信仰」という項目があったら最重要視するところです。)私は趣味が「旅行」「ショッピング」「グルメ(食べ歩き)」という人とは友達になりたくはありません。(そういえば何かで読みましたが、女性が見合いのプロフィール欄に書いてはいけない三大趣味というのが「海外旅行」「ゴルフ」「ダイビング」だったような。)とくにすることのない人(要は無趣味な人間)の暇つぶしだと思っているからです。(実は「デート」というのも暇人達による体のいい時間つぶしだと思っているほどです。)とくに海外旅行ですが、業務出張とかLindaに会いに行くといった特定の目的あるいは使命がなければ私は飛行機に乗る気がしません。というか移動自体がイヤ。(鉄道も新幹線はあまり好みません。ただし、鈍行列車は移動そのものが目的化してくるので話は別。高山本線とか飯田線あたりは青春18きっぷでも買っていつか、などと考えています。)あちこちに書いているように「超出不精」です。(なお自転車の遠乗りも主目的は余剰カロリーの消費。しないと太る一方だからです。)

これが「○○時代の○○様式の建築に興味があって」とか「○○の小説(あるいは音楽)が好きなので、作家(作曲者)に縁のある地を巡るのが好き」などと具体的に書いてあれば(普通なら引かれるのかもしれませんが)、○○が私に理解できなくとも「どれどれ、話は聞いてみようか」という気になったかもしれません。(ちなみに、Lindaは私に影響を受けたということも多分にあるのでしょうが、クラシック音楽やオペラが好きというのは明らかに好印象を与えました。)実際お目にかかったことはないですが、ドストエフスキーの後期五大長篇のうち三つ、あるいはトルストイの三大長篇のうち二つを読んだことのある女性なら、少なくとも友達にはなろうと考えるでしょうね。(ついでですが「アンナ・カレーニナを読みかけたけど途中で挫折した」という人でも私には十分面白かったです。振られましたが。)

職場関係では偉い教授の先生や事務局の人、さらには同じ学部(他学科)の教員から話が来ました。うち1件は当時の副理事長(の知り合い?)の娘だったような。ちょっと勿体ないことをした(逆玉のチャンスを逃した)のかも? 教員関係のうち1件はメールでした。いきなり「お見合いしませんか?」で始まり「私の友達で県内の研究機関で働いている東大卒の人です」とのことでした。それに何と答えたかといえば・・・・・

まあ、私はいつか南米に移住しようかと考えたりもするような人間ですから、「スペイン語でも日常会話ができること」を必要条件としています。

で、それっきりになりました。(なお私はこういう真面目な件では嘘や冗談は言いません。100%本気ということもありませんでしたが・・・・日本での生活に飽き飽きしたら、あるいは日本が非常に住みにくい国になったら逃げようかな、とは考えてきましたし、今もそうだったりします。この結婚でその有力な候補地が一つ確立されました。)この必要条件はその後も何回か持ち出し、その度に顰蹙を買うこととなりました。それで「じゃあわかった。少し条件を緩める。」として「ポルトガル語も可」にしました(笑)。どっちにしても端から相手にする気などなかった訳です。さらに何年かが経つと私は「○○語でも」の「も」を取りました。それまではあくまで日本人限定だったのを「国籍は問わない」に変更するのだから大きな譲歩といえるでしょう。それで誰かと巡り会えると真剣に思っていた訳ではもちろんありませんが・・・・・何でそういう気になったのかは今考えてもわかりません。ただ、そのこと(枠を取っ払っていたこと)があの日私にあのように言わしめることになった遠因なのではないかと考えたりもするのです。

では私がいつ何を言ったかについては日を改めて。
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お節介

2015-10-12 | 結婚@NYまで
こちら(滋賀県立大学)に来てからのことですが、大きなお世話としかいいようのないことを性懲りもなく繰り返す年配の教授が何人かいました。うち1名は酒の席で一緒になると決まったように近づいてきて(どもりながら)「い、い、い、い、いつ結婚するの?」と訊いてきましたが、もちろん答えようがありません。相手どころかその気も全くありませんでしたから。「結婚しているの?」→ No →「結婚するつもりはあるの?」→ Yes →「誰かいい人はいるの?」→ Yes → となって初めて "When?" を持ち出すのが筋というか手続きというものでしょう。正直ウザかったです。また、郵便箱に「見合い結婚のすすめ」という本が入れられていたこともありましたが、これも誰の仕業かだいたいわかっています。両者とも今なら間違いなくセクハラでアウト(戒告の対象)でしょうね。

そういう失礼な人達は既に辞めていきましたし、各種ハラスメントへの意識が高まるとともに厳しい処置が下されるようになるにつれ、職場でこういった不愉快な思いをすることも次第になくなりました。が、ここで声を大にして言わせて下さい。

結婚する人は放っておいてもします。しない人は誰が何といったところでしません。(職場の同年代の人達を見て確信したことです。)そして、将来どうなるかが自分でもわかっていない人に余計なお節介をするのは間違いなく逆効果。「誰がお前の言うことなんか聞くかボケ!」と思われるのがオチです。私も身内のお節介に辟易していたうちの一人ですが、その度に「少なくともあんたらの目の黒いうちは絶対に結婚せん」と思っていました。言葉にはしませんでしたが。少子高齢化社会を心配するのはご自由ですが、ならば少子化対策とか移民政策を推進するような市民運動なりロビー活動でもしてて下さい。
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