令和7年1月19日(日)
仙台市: 十符の菅(とふのすげ)
芭蕉没50年後、
芭蕉没50年後、
『続奥細道蝶の遊』を著した
俳人北華が
「塩釜へは、…原町、あんない、
びくに坂、今市…」
と道筋を記載している。
芭蕉たちも
このルートを通ったと思われる。
<十符の菅>
但し、
現在の道が当時の道と同じかは不明。
『奥の細道』には、
『奥の細道』には、
「かの画図にまかせて
たどり行けば、
おくの細道の山際に、
十符の菅あり。
今も年々十符の菅菰を
調(ととの)へて、
国守に献ずといへり。」
と記されている。
民家の庭先に、
民家の庭先に、
今も往時を偲ばせる
「十符の菅」
が栽培されている。
十符とは、
十符とは、
10の節の事であり、
この菅で編んだ菅菰(すがごも)は
きれいな模様が浮き出て
珍重されたとのこと。
菅は近辺の湿地帯に一杯
生えていたが、
この地のものが歌枕の代表となる。
<苧麻(からむし)と説明>
曾良の備忘録に,
「百姓屋敷の内にあって、
垣で囲ってある。
今も国主に菰を献じている。
ここまでの道は
田の畔(くろ)で、
奥の細道と言う」
と記されている。
初めて、
と記されている。
初めて、
十符の菅を見ることもでき、
大満足。
道の駅「おおさと」で一泊。
道の駅「おおさと」で一泊。
<道の駅「おおさと」>
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