映画紹介の際には常に『イギリスの小説家J・G・バラードの体験をつづった半自伝的な長編小説』と紹介される映画ですが、この映画の解説をした中でJ・G・バラードの作品に触れたものは今まで無かったように思います。
J・G・バラードといえばニュー・ウェーブSFの旗手としてSF小説界では広く知られた存在です。代表的な作品は、『沈んだ世界』,『燃える世界』,『結晶世界』で、破滅していく美しい世界を描きだしています。これらの作品では世界の破滅は押し止めることができない事象として厳然と存在し、その中で、登場人物たちの行動が淡々と描かれて行きます。登場人物たちはこの破滅に抗うことはできず、破滅する世界の中でどう対処するかの選択しか残されていません。破滅していく世界の描写は登場人物たちの心象風景と微妙に重なり合い、それらが織物のように美しい光景を紡ぎ出して行きます。
『太陽の帝国』でも日本軍の侵攻に伴う日常生活の終焉、浮浪児としての生活から日本軍の捕虜となり収容所を転々とする生活、やがて米軍の反攻により解放されるまでの環境の激変ぶりは抗うことのできない事象として描かれ、主人公ジェイミーもその荒波から逃れることはできません。ただ、収容所の中でも兄貴分の盗人ベイシーの教え(人間はイモ1個のために何でもする)を受けて逞しく生き抜いて行く姿が描写されて行きます。長い時間を経て敵である日本軍ともある程度心の交流らしきものが生まれた頃、戦況の悪化により日本軍は撤退し、米軍の侵攻とともに解放されて、両親の元へ還りついたジェイミー。ハッピー・エンドではありますが、数知れない人々の死を見つめ続けてきた少年のこれからはどうなって行くのか、少し怖いものを感じる終わり方です。
ジェイミーの兄貴分となるベイシーを演じたのはジョン・マルコビッチ。レ・ミゼラブルのジャベール警部とか、悪人またはヒト癖ある役をして光る怪優です。ベイシーの口癖は『チョコバー欲しいか?』。ジェイミーが期待を込めて頷くと、返事は決まって『オレも欲しい。じゃあな。』です。ただ一度だけ、救援物資からクスねたハーシーの板チョコを貰ったのが最後の別れになりました。
主人公のジェイミーを演じるのはクリスチャン・ベール。可愛かったジェイミー少年が将来バットマンとして悪と対決するとは思いもしませんでしたねー。