吉良吉影は静かに暮らしたい

植物の心のような人生を・・・・、そんな平穏な生活こそ、わたしの目標なのです。

松本清張『山中鹿之助』小学館文庫(2016年8月10日初版第1刷発行)

2016-11-07 12:18:16 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護

 松本清張の幻の傑作!ついに文庫化。ジュヴナイルものですが大人も充分にオモシロイ逸品です。


 ご存知『我に七難八苦を与えたまえ』と月に祈ったとされる武将で、『楠正成にも勝る』と評された忠勇の士。尼子氏再興を願って三度毛利氏に戦いを挑み、抜群の戦果を挙げるも志成らず、尼子氏は滅亡。捕えられた鹿之助は、敵であった毛利氏さえもその武勇を惜しみ、所領を与えて取り立てようとするが、護送中に吉川元春の指示により謀殺されてしまう。享年34歳。

 幼い頃から身体が大きく強健で、山中で動物を友として育ち、・・・と坂田金時のような少年時代が描かれる。昔のヒトは超能力に近い身体能力を有していたらしい。まず視力が抜群にイイ。今の視力検査をすると4.0とか信じられない数値はザラで、これくらいになると昼間でも肉眼で星が見える(実際に第二次大戦中の飛行機乗りはそうだったらしい)。そして『殺気を感じる』能力があった(実際にケモノたちは狩人が『狩ろう!』と思った瞬間に殺気を感じて逃げるらしい)。さらに抜群の身体能力(ロナウジーニョ出演のCMで、離れたところからボールを蹴り、ゴールポストの上のバーに当て、また足元にボールを戻すことをたしか3回くらい連続で成功させる内容がありましたが、武芸の鍛錬というものはフツーにそのレベルまで至っていたらしい)。一騎討ちでは抜群の働きをし、一生の間に挙げた首級の数は66以上(!)。当時は一回勝負で負けたら死んでしまうので再戦はナシ・・・そりゃー誰しも必死で鍛練しますわな。

 毛利元就の謀略により尼子氏は内紛を起こし、弱ったところを攻められ、糧道を断たれ、ついに難攻不落といわれた月山城も落城、尼子氏は捕えられ配流、家臣団は離散してしまう。

 散り散りになった家臣たちを集め、九州攻めで手薄となった毛利氏の背後を衝くかたちで隠岐の島から出雲を急襲、大戦果を挙げるも地力で勝る毛利軍に布部の合戦で敗退。

 敵に捕えられるが脱出し、織田信長の後ろ盾を得て羽柴秀吉の配下として毛利攻めを行うも、数に勝る敵に如何ともしがたく撤退。

 三度目の毛利攻めで上月城を落とすも、毛利勢の反攻により孤立、織田信長が『救援は徒に兵の消耗を招く』と判断し、見捨てられた尼子勢は次々と自刃、鹿之助も捕えられ、ここに尼子氏は滅亡と相成りました。

 このあたり、ウォー・シュミレーシヨン・ゲームのように『謀略と裏切りが次々と起こり、軍備のヨワい箇所ができると必ず攻められる』というゲームの定石そのものの展開です。

 
 鹿之助の子孫は武士をやめて酒屋となり、明治維新の後に鴻池財閥になったというのはウソのような本当の話。

 憂き事の 尚この上に 積もれかし 限りある身の 力試さん

 熊沢蕃山の歌とされていますが山中鹿之助の歌ともいわれます。

 ※あらずもがなの蛇足
 ところで、世に言う尼子十勇士とは一般的には、山中鹿之助、秋宅庵之介、横道兵庫之介、早川鮎之介、尤道理之介、寺本生死之介、植田早稲之介、深田泥之介、藪中茨之介、小倉鼠之介とされていますが、名字と名前が微妙に呼応しているので、どことなく創作っぽい名前に思えてきます。後からテキトーに付けちゃったんでしょうかねー?



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