さあさお聞きよ小栗判官と照手姫の世にも不思議な物語。
※梅原猛『小栗判官』新潮社 / 1991年3月15日初版発行
世に聞こえた『市川猿之助スーパー歌舞伎』の台本です。
ではストーリーを・・・。
都に名高い小栗判官正清は親の勧めで嫁を娶るも気に入らず、あれこれ理由をつけては七人もの妻を離縁してしまう。正清にはどこか『理想の女』のイメージがあって、どの女に遭っても『いや何かが違う』と思ってしまうのです。
ある時、院へお参りする道で正清は素性の分からぬ美しい女とすれ違う。試しに声を掛けてみると、感心するような答えを返すのだった。実は正清の『理想の女』とはクレバーな女性、打てば響くような答えのできる賢い女子が好きなのだ。
正清はこの女と恋に落ち、妻とする。ところが素性の不確かな出身であったことから、妻となった龍子に『あれは深泥(みどろ)ヶ沼の龍の娘』との噂が立ち、騒ぎになったため、龍子は正清のもとを去ってしまう。
傷心の正清は常陸の国(茨城県)に赴くのですが、公家には珍しく武芸の腕が確かだったために、武勇を尊ぶ関東武士の間でめきめきと頭角をあらわし、小栗一党なる武士集団の長となってしまう。
※岩佐又兵衛『小栗判官絵巻』第7巻・・・鬼鹿毛を乗りこなす小栗判官
龍子が去ってから『もう女には迷わぬ』と思っていた正清ではあるが、横山修理太夫の娘、照手姫に戯れに送った恋文の返事を見て『ひとめ逢いたい』と思うようになる。
じつはこの恋文は謎かけになっていたのだが、照手姫は見事に解いて、同様の謎かけで返事を返してきていたのだ(↓脚注参照)。
郎党を引き連れ、照手姫の屋敷に行った正清はビックリ!照手姫はかつての龍子と瓜二つだった!
たまらず照手姫の前へ飛び出す正清!話すうち2人は互いに魅かれ合い、逢ったその日に情を交わす。
ところが公家の世界ではあたりまえだったこの行為が関東武士にとっては密通となってしまう。
横山修理太夫は悩みに悩む。ああ『筋が力か、力が筋か・・・』、ヤクザならここで『力が筋よ!』と開き直って判官に娘を娶らせ、小栗一党を取り込んで勢力を増すよう考えるところですが、ここは関東武士、『筋が力だ!』と、小栗判官とその一党を殺してしまおうと決意する。さらに『義理と人情を量りに掛けりゃ、義理が重たい男の世界』と、実の娘の照手姫までも密通の罪で殺すように指示(!)。
正清は郎党とともに宴席で毒酒を飲まされて絶命、照手姫は牢輿に載せられて重しを付けて川に投げ込まれてしまう。
ああ哀れなり小栗判官と照手姫。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
なったあ なったあ じゃになったあ
小栗判官『じゃ』になったあ
なあんの『じゃ』になあられたあ
・・・・・・亡者になったあ!
(その②へつづく)
※脚注:(↓)これが恋文だと分かったヒトは偉いです!(全体で暗号になってます。鍵は『皆上』です。)
1.小栗判官の恋文
ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
有明のつれなくみえし別れよりあかつきばかり憂きものはなし
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
大江山いくのの道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
住の江の岸による波よるさへや夢の通ひ路人めよくらむ
皆上
2.照手姫からの返事
いと暑き日、ひむがしの釣殿に出で給ひて、すゞみ給う
光源氏、名のみこと/゛\しう、言ひ消(け)たれたまふ咎(とが)おほかなるに
東(ひむがし)の院つくりはてゝ、花散里(はなちるさと)ときこえし、うつろはし給ふ。
いまは、かく、おも/ \しきほどに、よろづのどやかに思(おぼ)し鎮めたる御有様(おんありさま)なれば、
二月(きさらぎ)の二十日のほどに、兵部卿の宮、初瀬にまうで給ふ。
みな上
それにしても、ちゃんと返事が来て良かった!(←謎解きはコメント欄をどうぞ)
――――――江戸川乱歩の『算盤が恋を語る話』みたいになっちゃあミもフタもないものなぁ。
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「しんとく丸」「山椒大夫」「小栗判官」は現代解釈されてよみがえっている。
返された嫁の数がその十倍だったり、
二人は苦労を重ね、結ばれたりする結末もあり、
様々な終わりかたがあるのですが、ここではそうなのですね。
本来の照手姫の文の段の内容とは違うのですが、、、
小栗は「きみおこふ」
照手姫は「とこはまつ」ここからがわからない、「ほしい」ですか?
余りに現代的で。
次の25帖「蛍」46帖「椎本(しいがもと)」をどうとらえ、読むのかが解りませんでした。
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中世ではこのような言葉遊びは知識人の間ではアタリマエだったようです。
-------☆☆☆-------
吉田兼好が『徒然草』の中で『折句』について書いたくだりがあります。
兼好は友人の頓阿にこんな句を送るのです。
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『夜も涼し寝覚めの仮庵手枕も真袖も秋に隔てなき風 (よもすずし / ねざめのかりほ / たまくらも / まそでもあきに / へだてなきかぜ)』
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これを読んだ頓阿の返事は次の通りでした。
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『夜も憂し妬たく我が背子果ては来ずなほざりにだに暫し訪ひませ (よるもうし / ねたくわがせこ / はてはこず / なほざりにだに / しばしとひませ)』
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兼好の句は冠(各句の頭)を順に読むと『よねたまへ(米給へ)』、沓(各句の末尾)を逆に読むと『せにもほし(銭も欲し)』となります。
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頓阿の返事を同様に読むと『よねはなし(米は無し)』と『せにすこし(銭少し)』という内容になります。誠に知性溢れるやりとりです。
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さて、小栗判官の恋文を読むには、まず百人一首の作者を歌の順に並べます。
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紀友則(きのとものり)
壬生忠岑(みぶのただみね)
小野小町(おののこまち)
小式部内侍(こしきぶのないし)
藤原敏行(ふじわらのとしゆき)
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ですから、『皆上』という指示に従って名前の最初の文字を順に読むと『きみおこふ(君を恋ふ)』となります。
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照手姫からの返事は2行目で出典が『源氏物語』と分かりますので、同様に各巻の名を順に並べます。
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常夏(とこなつ)
帚木(はゝきゞ)
松風(まつかぜ)
蛍(ほたる)
椎本(しひがもと)
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『みな上』の指示に従って各巻の最初の文字を順に読むと『とはまほし(訪はまほし)』となり『訪ねて来よ』という意味になります。
-------☆☆☆-------
この返事を読んで小栗判官は照手姫の屋敷へと赴いたのでした。
しかし、並べると、、、
照手姫が私の解釈では現代っ子すぎて、
「あれれ?誘ってるぅうw」だったので、
そう読むのですね。わはは。
この時代、この手順を踏まないでいると、これすなわち「密通」になってしまうのでした。
だが、ルイスフロイスも書いていたが、
もっと大らかな性だと思うのだがなぁ、
返事はイラナイ。でわ。
『関東武士はそうではないのだ』との意地が悲劇を産んだ、というのです。