吉良吉影は静かに暮らしたい

植物の心のような人生を・・・・、そんな平穏な生活こそ、わたしの目標なのです。

山田正紀『フェイス・ゼロ』(後半)竹書房文庫/2021年6月25日初版第一刷発行

2021-11-15 10:53:00 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護
 お待たせしました後半です。
 前半よりはやや長めの短編作品が7篇あつめられています。

7.わが魂、癒えることなく
8.一匹の奇妙な獣
9.冒険狂時代
10.メタロジカル・バーガー
11.フェイス・ゼロ
12.火星のコッペリア
13.魔神ガロン -神に見捨てられた夜-

 表題作『フェイス・ゼロ』は現代のロボット工学者が文楽に使うカシラの製作を依頼される話です。演じるときの角度やしぐさによって表情を変えられるカシラの製作を依頼された科学者は、(本来は能面のように様々な表情に見えるカシラを作るべきだったはずが・・・)見る者に特定の表情を感じさせない『フェイス・ゼロ』のカシラを製作してしまう。いわば徹底した無表情、何の感情も表さない究極のカシラを作るのですが、そのカシラはあまりの非人間性のため、見た人間の精神を破綻させてしまう。こんなストーリーの短編です。

 推理小説としては、ちょっと動機がヨワいかな~❔と思うところもありますが、意外なトリックと展開でグイグイ読ませます。

 『一匹の奇妙な獣』は作者自身が失敗作と評する珍しい作品です。確かに短編に仕立てるにはあまりに壮大なストーリーで、ぜひ長編に仕立て直して欲しいとワタシなんかは思いますが、作者自身が『忘れてしまった』という実験作です。フランツ・カフカの使用していた言語(プラハ・ドイツ語)の特殊性に注目して組み立てられたストーリーの発想にはアッと驚くことでしょう。作者の広汎な知識には毎回脱帽です。

 『冒険狂時代』は(そんなんあるワケないだろっ‼️とツッコミたくなる)スラップスティックなストーリーで『かんべむさし』風な短編です。
 手塚治虫作品へのオマージュである『魔神ガロン』も収録され、作品集に彩りを加えています。

 ワタシが一番好きなのは『わが魂、癒えることなく』です。これは作者の人気長編『火神(アグニ)を盗め』によく似た構成で、ダメ人間が集まってミッションに挑むというもの。『火神~』では知恵を集めて(手製の臼砲を作成して)敵の戦車まで撃退してしまいますが、こんなことが成功するのは小説の中だけ、『わが魂~』では主人公を除く全員が悲惨な最期を遂げてしまいます。
 『それ以外のどんな未来もなかった』という結びに無念さがひしひしと伝わってくる作品です。

 この作品は過去へのタイムトラベルを扱っているのですが、気になったフレーズがひとつ。
 『私は世界を認識する装置であり、世界を閉ざす地平線でもある』から『唯一無二の私は(中略)世界のうちに含まれているが、世界を超越して「ある」といっていいだろう』という一節です。作者はこの考えをもとに、過去に戻っても過去の自分には会えない、としています。すなわち唯一無二が2つあってはならない、と。

 実はこれはヴィトゲンシュタインの考え(世界と生はひとつである)に非常に近いのです。私がこの高名な哲学者を最初に知ったのは、やはり山田正紀のデビュー作『神狩り』でした。冒頭でいきなり登場したヴィトゲンシュタインが『語りえぬものについて、語るべき時がきたのだ』て呟くシーンから始まるこの小説は、言語(と論理)構造の解析をバックグラウンドに『ゲームの駒(人類)がゲームのプレイヤー(神)と戦って勝てるか❔』というテーマに挑戦した意欲作でした。

 山田正紀のアイデアにナマに近いカタチで触れられる特異な作品集です。
 オススメします。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿