しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

軍神・広瀬中佐像

2021年01月30日 | 「戦争遺跡」を訪ねる
場所・大分県竹田市
訪問日・2013年2月21日  

大分県竹田市の「武家屋敷通り」(歴史の道)、この道をまっすぐ進めば、「荒城の月」でも有名な岡城に着く。





豊後竹田3万石の城下町竹田からは、作曲家滝廉太郎や軍人の阿南陸相、それに軍神となった広瀬中佐がいる。




広瀬中佐は死んで神となり、歌にも教科書にもなった。


♪轟く砲音 飛来る弾丸
荒波洗ふ デッキの上に、
闇を貫く 中佐の叫び
杉野は何処(いずこ)杉野は居ずや




生誕地の竹田には「広瀬神社」。


鳥居の前には、狛犬の代わりに中佐の胸像が載る。









戦前の東京名所だった、万世橋の広瀬像にも負けない堂々たる姿。
この中佐の銅像は戦時中に供出したので、戦後に二代目が建っている。




明治37年3月27日、日露戦争の旅順港閉塞作戦で戦死した広瀬武夫は、
その後多く生まれた”軍神”の第一号だったそうだ。






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