塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

競技は競技かそれともしつけか

2022-08-10 18:18:42 | 日記
 ペップ・グアルディオラはユルゲン・クロップと並び、指揮官の代名詞として讃えられる一方で、彼を好まない選手が大勢いることでも知られています。

 クロップの言動とコーチングを不愉快の思う選手はそう多くない印象ですが、イブラヒモビッチ、ボージャン・クルキッチ・マンジュキッチなd、反旗を翻す、堂々と罵倒する選手が多々存在するのはどうしてでしょうか。

 特にグアルディオラとのいさかいは有名で

 「モウリーニョにびびってんだろ」
 「このハゲ頭野郎!!」

 とFCバルセロナ在籍時に吐き捨てたことがよく知られています。

 ではプロ野球や大リーグの報道に圧倒的に押されているJリーグに、もし彼のような選手がいて毒を吐いたならばマスメディアとファンはその言動に頷くかと言えば、そんなことはないと思うのです。

 日本にはサッカーやラグビーのような競技、スイミング・スクールに代表される子供の健康促進のための施設のほかに「相撲道」のような「道」がつく存在があります。

 大相撲で不祥事が絶えない時期がありましたが

 果たして相撲は競技なのか
 それとも歌舞伎のような伝統行事として考えるべきなのか

 という点が論題になりました。

 つまり野球道、相撲道などはドイツで見られた徒弟制度、つまり兄弟子のいうことは絶対であり、技術よりもむしろ作法や教育に軸足を置いている、したがって現在でも体罰の問題が挙げられ、過去は水すら口にできませんでした。

 サッカーはそこまで極端ではないと思いますが、イブラヒモビッチやマンジュキッチのように異議申し立てをする選手がいないのは、しつけと教育を学校ではなく、部活動や競技に求めているためでしょうね。

 イブラヒモビッチの自伝は第2弾がが発売されましたが、売り上げは非常の好調の様子です。
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大谷翔平の成し遂げた記録からサッカーを見てみる

2022-08-10 17:48:11 | 日記
 LAエンゼルス・オブ・アナハイムに在籍する大谷翔平。

 遂に投手として二けた勝利を飾り、ベーブ・ルース以来104年ぶりとなる二けた勝利とホームランを達成することとなりました。

 エンゼルス・ファンでなくとも米国の野球好きはさぞかし興奮したでしょうし、お亡くなりになったパンチョ伊東さんがご存命ならば、我が事のように喜んだと思いますよ。

 大谷翔平が投手としても打者としても先天的に優れた素質を持ち、同時に自分が適した練習を行い、現実的な目標を掲げまずは大リーグではなく北海道日本ハム・ファイターズで場数を得て、日本一を経験していから渡米した。

 活躍の陰には彼の高い自己分析と素晴らしい環境があったことがうかがえます。

 ただこの活躍の背景には

 1・野球は守備と攻撃が明確に分かれていることが特徴である
 2・ナショナル・リーグでも導入された指名打者制度の存在

 があると思います。

 つまりサッカー、バスケットボールとは異なり、ボールを失ったその時から守備が始まり、ボールを取り返した瞬間に攻撃が始まる、ということがない、競技的と苦笑があることも鑑みる必要はあるでしょう。

 つまり、サッカーでは一人の選手が90分通じてセンター・フォワードとGKを兼任する、という発想はなく仮にGKが負傷、もしくはレッドカードを受けて退場ならば、ベンチから別のGKが登場するだけですからね。

 ただ、パラグアイ代表のGKホセ・チラベルのように、美しいフリーキックで得点を重ねた存在は、今はもう見られなくなりました。

 1998年ワールドカップに出場
 アルゼンチン・リーグのベレスにおいて、1994年のコパ・リベルタドーレスで優勝
 3・日本を愛する存在でも有名

 というチラベルは、日本でも人気が高くJリーグに移籍する噂は絶えませんでした。

 田中マルクス闘梨り王のように、センターバックでありながら高い得点力を持つセンターバックなど、サッカーではどちらかと言えば守備の選手が攻撃的という2綿製を持っている気がしますね。
 
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美しい生きざまを眺める快楽

2022-08-10 17:36:25 | 日記
 さくら舎から刊行された「シャネル 自分を語る」を昨日から読んでいます。

 表紙を含むデザインが素晴らしく、ガブリエル・ココ・シャネルという一本筋の通った女性の言葉を学ぶことは、男性である僕らにとっても非常に意義あることではないでしょうか。

 ちなみに古本ではありますが、今日はだいわ文庫から発売の「山口路子著 ココ・シャネルの言葉」も買いました。

 女性だろうが男性だろうが性的少数であろうが、美しい女性を見る、その立ち姿から学ぶことは、一種の快楽ではないでしょうか。

 日本でも2011年日本女子代表がワールドカップで優勝した際、澤穂希の姿と言動

 2011年アジア人として初のバロンドールを受賞
 授賞式では日本の伝統、着物姿で登場しレオ・メッシと写真撮影
 ワールドカップの際の発言「苦しいときは私の背中を見て」という言葉が、震災に苦しむ人々を大きく励ます

 こととなりましたよね。

 逆に男性が「美しい」男性を見て快感を覚えることもあり、僕らはそれを「男が男に惚れる」と表現します。

 雑市でよくスティーブ・マックイーンの服装が特集されますが、恐らくジェームズ・ボンドに代表される映画の人物よりも、生身の人間である彼のほうがより身近に感じられることが大きいと思います。

 三浦知良が今でもボールを蹴り続け、「ガリバー」のテレビ・コマーシャルに登場し、プーマと契約し続けること、つまり人が人として生きてゆくことは、他人に配慮しなくてはいけないよと教えてくれています。

 プーマ以外からも多くの打診はあったと思いますが、彼はプーマに「配慮」言い換えれば自分が着用し、改善点と長所を伝えることでよりプーマを知ってほしいと考えたに違いありません。

 人間、お金は当然必須ですが、お金を脇に置いてみることも大切のようですよ。
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