本年度第34回の交歓吟詠を6月に開催しました。その折、ひょっとしたらこれが最後の交歓吟詠になるかもしれないと考えたりしていました。しかし、来年になれば35回で東京オリムピックの年でもあります。そこまで何とか頑張りたいとも言ったりしていました。夏の過ぎるころから何か体調も、もう一年くらいは持ちそうなので、何とか頑張ってみようと思い始めました。
会場も北詩連が今すっかり世話になっているサンプラザにすると、あまり心配することなく開催できます。最終回ということで少し案内の範囲をひろげれば人数も確保できるはずです。そんなことで進めようとしましたが、肝心の碌峭会の体制が整うかどうかというのが問題となってきました。
一時は碌峭会三教場、健幸クラプ、福祉センター会員、それにOBを含めて。碌峭傘下の交歓吟詠がメインで、それにお客さんが参加していただく形だったのです。それが、来年開催するとなると、碌峭会関係の人数が20名に満たない形になりそうなのです。それに来賓が50名となると交歓吟詠には程遠い中身になります。
会員の層も薄くなっていて、見ていただけるような会の有様ではなくなっています。こんな寂しい姿をさらすことは、私としても耐えられませんので思い切って来年は開催しないことに決断しました。毎年岩見沢からも参加してくれていたのですが、岩見沢の仲間にも申し訳ないけれどお許しいただくことにします。
会場も北詩連が今すっかり世話になっているサンプラザにすると、あまり心配することなく開催できます。最終回ということで少し案内の範囲をひろげれば人数も確保できるはずです。そんなことで進めようとしましたが、肝心の碌峭会の体制が整うかどうかというのが問題となってきました。
一時は碌峭会三教場、健幸クラプ、福祉センター会員、それにOBを含めて。碌峭傘下の交歓吟詠がメインで、それにお客さんが参加していただく形だったのです。それが、来年開催するとなると、碌峭会関係の人数が20名に満たない形になりそうなのです。それに来賓が50名となると交歓吟詠には程遠い中身になります。
会員の層も薄くなっていて、見ていただけるような会の有様ではなくなっています。こんな寂しい姿をさらすことは、私としても耐えられませんので思い切って来年は開催しないことに決断しました。毎年岩見沢からも参加してくれていたのですが、岩見沢の仲間にも申し訳ないけれどお許しいただくことにします。