手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

稚内行・・・・NO2 

2009-06-30 19:52:10 | 身辺雑記

 稚内公園を降りて、今夜のホテル「稚内ステーションホテル」に向かう。運転手が見当をつけていたホテルが違った。稚内駅を通り越して裏に回った、そこに今夜の夕食の食堂「夢の広場」の大きな看板をみつける。しかし、ホテルは無い。又先ほどの道に出る。運転手が首をかしげている。すると大野先生が、先に稚内から送られていた案内地図で、番号8番を見つけて運転手に見せる。もう一度同じ道を通って駅前の方に出る。細い通りがある。バスが交差できないくらいの道。左側を見ると宿屋の看板のようなのが並んでいる。地図から判断するとここらしい。運転手は入るのをためらっている。よく見ると人が出ていて、来る人を待っているみたいな様子。これは私たちを待っているのだと感じた。大野先生が降りて確認に行く、そして手招きする。そこが、やはり私たちのホテルだったのです。

 ホテルというのは、旅行者の宿泊施設。旅館というのも旅人の宿泊施設、ただ、旅館は和式の場合が多いのだ。案内で一室2名と書かれていた。「稚内ステーションホテル」、ひょっとしてシングルベット2台の部屋かと思ったのは甘かった。旅館だったのです。運転手も同じような錯覚をしていたのだと思う。

 部屋に荷物を置いて、「夢広場」へ向かう。ホテルを出てすぐ横の広場にバスが2台駐車している。一台は何と稲穂吟友会のマイクロバスです。通り越して空き地のところへ出る、見ると鉄道の線路が有り、柵がある、案内の運転手がどんどん行く、線路を横切るのかと思って付いてゆく。何とすぐ線路は終わりで、そこから駐車場に出ることが出来るのだ。線路の終わりの所に立て札があった「最北端の線路」「最南端指宿・・最北端稚内」その稚内の線路の端を通り過ぎているのだ。駐車場には私たちの乗ってきたバスが止められていて、その駐車場の端に海鮮レストラン「夢広場」の看板が大きな字で私たちを待っていた。

 店の二階に会食場があった。掘り炬燵式の席で、障子もあり外からは見えないようになっている。会費の中から、一人2000円の支給が有り、各自、好きなものを注文し、足りない部分は自分が負担するということだった。

 メニューを見てもなかなか目移りして決めかねる。けちったわけでないけれど、横の方で「海鮮丼」という声が聞こえた。値段が1575円、手ごろに思って、私もそれにし、ジョッキー一杯と注文した。ジュースだけの方が2名、お酒が2名、あと全員ジョッキー、女性軍もほぼ全員ジョッキーなのだ!!!

 16名の食事作って出されるまでかなり時間がかかるだろうと思った。でも、先に飲み物が来て、わいわい騒いでいるうちに、最初に出てきたのが、沓澤さんの注文した食事。「タコしゃぶ定食」なのだ。ぐらぐら湯が沸いている、タコの長く切った足の薄く切られたのが付いている。とても美味しそう。すると、小田桐さんは「うに丼」を取っていた。値段は一番高かったのじゃないでしょうか。「いくら丼」の人もいた。どうも、「海鮮丼」は失敗だったかもしれない。食事はとても賑やかに、楽しい一時でした。折角の稚内、「うに丼」にすべきだったと残念に思っている。ビールも美味しかったけれど、明日の本番を考えると余りいい気にもなれず、1杯でやめときました。ビールが525円、〆て2100円の食事でした。しかし、元気一杯の平和勢は、皆出た後続けて飲み、最後はカラオケにまで行ってきたという。

 ホテルという旅館、食事をして帰ってきたらもう、かなりの時間になっていたので、ただ寝るだけですから、特別のことも有りませんでした。

 本当に充実した、一日でした。素晴らしい観光、そして食事、満足でした。

 
   

 
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大会は大会として・・・楽しい旅行でした

2009-06-29 17:19:52 | 身辺雑記

 稚内での大会参加のことは置いておいて、今回の旅行記を少し書いて見ます。27日、9時に手稲区民センター前から私たち15名にはもったいない大型バスで出発しました。石狩の市役所横の交差点で市橋さんを乗せる。厚田の手前で、9時にやはり出発しているはずの稲穂吟友会の一向が先か後か一寸確認しようと藤村先生に携帯で電話してみた。どうやら我々より少し先を走っているみたい。浜益でトイレタイムを予定していて、入ろうとしたらマイクロバスが一台先に入った。我々の車は道路に止めることになる。何と先に入った車が稲穂吟友会の車だった。ここで私たちの車が先に行くことに為り、小平の鰊番屋で止めないで羽幌まで直行することにした。羽幌の手前で、又藤村先生に電話を入れたら、稲穂は番屋に止めたという。私たちは羽幌の道ノ駅で昼食、お寿司を積み込んでいたので、それを食べ記念写真を撮ったりして12時40分に出発した。手塩に13時40分に到着して20分休憩する。ここで稚内総合文化センタへーに電話を入れて、釜石先生にこれから真っ直ぐ会館に行きリハーサルをやらせてもらえるかどうか確認したらOKでした。手塩からはサロベツ原野を右に、左の海の向こうに利尻富士が見え始める。この道路はオロロンラインといわれ、全く信号も無く快適に車は走る。道路の両側には蝦夷かんぞうの黄色い花がびっしり咲いていて、綺麗だ。利尻富士は頂上に雲が帽子のようにかかって。車の中から何枚か写真を撮りましたが、どんな写真になっているかわからない。昔、車で走ったときは、この道路が無かったはずだ。手塩から稚内まで1時間でした。

 真っ直ぐ文化会館に行き、リハーサルをやらせていただきました。終わって16時、すぐ宗谷岬に行くことにしました。私は自分の車で二度行っているのですが、二度とも国道を真っ直ぐ行った。しかし、バスの運転手さんは、途中から山に登り山の上の道路を走ってくれました。驚きました。山の上は、一面牧場なのです。黒毛和牛が沢山草を食べています。遠くには自衛隊のレーダ基地も見えます.素晴らしい眺めでした。宗谷岬の上、大韓航空機の慰霊塔のある広場を見学し、そこから今まで二度来ている場所に下りました。新しく、間宮林蔵の銅像が立てられていました。その見学を終わる頃から霧が迫ってきた。

 宗谷岬の見学を終え、稚内市内に向かう。途中、今回のバスから宿から食事から会計まで総て切り盛りしてくれた大野先生が、ホテルや夕食の食事処へ電話で時間の予定を告げていらっしゃった。かなり予定の時間も迫っていたし、このままホテル着かと思っていたら、稚内公園にゆくという。かの有名な氷雪の門の建つ公園です。稚内に入ったときから気になっていた山の上の塔(百年記念塔)、そのすぐ下に公園が有りました。道路が狭く勾配は急で、普通の運転手はしり込みしそうなところでした。有名な氷雪の門を写真に収め、稚内の市街、港を眺め、もつと天気がよければサハリンも見えるのかもしれませんが、残念ながら沖は霧に鎖されていました。

 今日は、ここまでにしておきます。この続きは明日。
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明日は、北詩連132回全道稚内大会に出かけます

2009-06-26 15:52:37 | 詩吟関係

 今年の春からこのことでかなり悩まされてきました。稚内まで行く!!!これは大変なのです。まず、「行きたい人いますか」なんて誘ったって、行きたい人は出てこないと思う。

 北詩連に入って、1年目は倶知安大会でした。私たちが加盟したのが4月で既に全道大会の申し込みは終了していたので、碌峭会からは参加しませんでした。

 2年目は、札幌西支部が当番の札幌大会で、私たちが当番です。碌峭会も全員参加で、構成吟にも出演させていただき、それなりの役割もこなしてきました。

 3年目の昨年は室蘭大会で、碌峭会として構成吟「敦盛哀歌」を23名の参加でやってきました。マイクロバスを借りての日帰り、これはそれほど抵抗無く参加できました。

 4年目の今年は、稚内、そしてこれが地方大会の最後となるのです。そんなことも有り、「修学旅行の心算で参加しましょうよ」と呼びかけましたが、会員の半分15名がようやく参加いただけました。支部から出演時間を10分間頂きましたので、構成吟で参加することにし「源義経」を構成しました。

 参加にあたり、大野先生が、バス、ホテルなど全部手配してくださり、総費用一人1万7千円で、一泊二日の旅行が出来ることに為りました。


 明日は、9時に手稲を出発して、海岸線を通って稚内に行きます。

 16時30分稚内到着の予定ですが、着いたらすぐリハーサルをさせて頂くことにしました。折角稚内でやる構成吟、何ぼかでも上手くできれば嬉しいのです。

 夕食は、ホテルではなく、別に会席を用意していただいている、これも楽しみです。

 大会は、プログラムNO74で、最後に近い、ということは、16時頃に出番が来て、終わってすぐバスを走らせても、11時過ぎに手稲に着くことになるのでしょう。

 一寸疲れる旅だけれど、北詩連の一員として、何とか責任の一端は果たせるのかと思います。

 楽しみよりも心配のほうが大きい。とにかく頑張ってきます。

 
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物言う地方首長・・・・今日の橋本知事・・・評価は分かれるだろうが

2009-06-25 18:49:49 | 身辺雑記

 当然のようなことだけれど、これを知事が言うと命取りみたいなところがあった。

 「ぼったくりバーの請求書」と、この言葉を使ったとき、凄い!!と思ったのだつた。同じことを、こんな言葉ではなく言っていた知事はいる。しかし、この橋本知事の言葉は、地方自治を命がけで叫んだ言葉に聞こえた。

 今選挙を前にして、これは凄い。同調する知事はかなりの数に為ると思う。その知事達が、選挙のマニフエストにこの問題をどのように取り上げるかによって応援を決めるという。知事が公然とここを応援すると明言することは凄いインパクトだと思う。

 特に、政権交代を高々と掲げている民主党にとっては正念場だ。

 いい政治家というのは、出身地に公共工事をどれだけもってこれるか、それが政治家としての評価につながっていた。特に国交省・農水省では出先機関も多く、今回の提案の中身にはこの出先機関の統廃合が強く要求される内容ですから、いわば、自民党では手をつけかねている、各省庁の出先機関、天下り先の再編まで踏み込まなければならない問題だし、族議員といわれるような議員の足をすくう内容になるのだ。

 構造改革路線の核心部分に、実に面白いアプローチで迫っているように感じる。

 政治に疎い私だけれど、自民党はどのように抜け道を見つけるのか、民主党はどれだけ期待に応える政策を打ち出せるのか、・・・橋本知事の言っていることはもっともだけど、実現するとなると、霞ヶ関の革命みたいなことになるのじゃないだろうか。

 政治音痴が、感じたことだから、的外れなことを書いてるのかもしれないけれどこんな風に感じているものもいると笑ってください。
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これが普通の天気・・・でも今日の熱さには驚いた

2009-06-24 19:13:42 | 身辺雑記

 9時前に琴似のシルバー人材センターに筆耕をお願いしていたのを頂きに行く。戻って、すぐ健幸クラブの詩吟。今日は6名でした。皆さんとても意欲的で、といも上達されている。教える事が楽しい。男性二人とも二本、女性の菅原さん今日は七本に挑戦させた。楽勝でこなした。凄い!!木下さんも七本大丈夫かもしれない。

 午後、昨日思いもしなかった、資格審査の許証、札幌西支部分は札幌西支部総務の私が各会に届けなければならないということで、許証が私の手元に届けられていた。去年も総務部だったけれど、そんなこと全然言われなかったし、去年は桑折先生が私を助けてくれていたのかと思って、とにかく配布する準備をし、手稲の教室には夕方届けるとして、庭のオンコの樹が茂りっぱなしなのでカツトしてやることにした。

 梯子を掛けて、一応、おっかなびっくり何とかカットしたのだけれど、終わって眺めたら、まだカットしていない枝があったりする。もう一度梯子を掛けて登るのが辛くて、そのままにしてしまった。ついでに、梯子の要らないオンコも二本カットしました。道路に落ちたカットのくづは掃けばいいのですが、花畑に落ちたのは手で拾わなくちゃなりません。イチイの枝葉は腐らないから困るのです。

 終わったら汗だく、この暑い日に良くやった。これだけ頑張れるまだ体力があるということなのだ??? 

 終わらせて、許証を届けに行きました。藤村先生のところで、稲穂吟友会と善風会の分を明日届けてくれるというので、お願いして、藤枝先生に届け、稲積記念館に嶺蒼会分を持っていったら何と会館が休みだった。

 それで、桑折先生のところへ届け、ついでに、「去年は私の仕事を減らしていてくれたのですね」とお礼言ったら、何と、本部の審査部長は、札幌については許証を全部配るしきたりだったといいます。これには驚いた。全く誤解していたのだ。結局、新しく総務部長になった先生が、今までのしきたりを独断で変えようとしているのだということが判りました。いくつか配布した部分もあるので、今回は札幌西支部の分私が処理しますか、といったのですが、桑折先生の方で預かってくれるというので明日届けようかと思います。

 
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稲苑13期日帰り旅行。 ミステリィー

2009-06-23 21:24:58 | 身辺雑記

 今日は稲苑13期の日帰り旅行です。第四火曜日で、福祉センターの詩吟も休みなので、私も出席できました。

 よく案内を読まないで、朝里の簡保の宿だとばかり思って行きました。簡保のマイクロが迎に来るのだと思いつつ集合場所に行きました。話を聞いているとどうやら簡保の送迎バスで無いらしい。あちらこちらでお客をのせて目的地に行くバスで私たちだけが乗るバスではないということが判った。でも行く先は簡保とばかり思い込んでいました。

 予定通りバスはきました。「湯の花」の送迎バスです。でもまだ行く先は簡保と思っていた。朝里について、バスは朝里温泉に向かったから、朝里温泉の送迎をしているのだろうと思った。すると、途中に「湯の花」という温泉施設が有り、そこに横付けになった。簡保じゃなくてここだったのだと思ったけれど、着きましたという声がかからなく、途中で拾ったお客何人かが降りた。そして、バスガ出た、ところが簡保の方向に行かず、来た道を引き返し始めた。

 どうやら簡保では無く、別の温泉だということがわかったけれど、どこに行くのか見当もつかない。小樽方面に走り始めたので、小樽のどこかにある「湯の花」なのだろうとは思っても、どこにあるのかも見当がつかない。まるでミステリーバスに乗った感じ、バスは海岸線を走り祝津方面に向かった。それほど走らないで「湯の花」に到着。出発から1時間かかっていました。

 部屋での会食は13時30分ということで、それまで大広間に荷物を置いて、温泉に入ることに為りまし。

 13時30分からビールを頂きながら料理を頂き、帰りのバスの時間17時30分までゆっくり飲むことに為りました。カラオケも無くひたすらビールを飲んでおしゃべり。一寸長かった。帰りも1時間かかりました。

 来たときと同じ場所でおろされた。かなり酔っていたので、「いの平」で酔い覚ましをして帰ることにしました。例によって、水みたいな焼酎を飲み酔いを治めて、21時15分くらいに帰宅しました。

 まだ酔いが残っているので、ブログ書くのをやめようかと思いましたが、書いています。

 稲苑大学OBのパークゴルフ大会7月24日ということで、参加申し込みをしてきました。去年まで3年間連続して入賞しているのですが、今年は無理でしょう。
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風の強いいやな日でした

2009-06-22 21:08:56 | 身辺雑記

 天気予報は一日雨だった。でも、雨は殆ど降らなかった。

 その代わり、風が一日一杯吹き荒れている。今も、窓を叩く風の音が止まない。

 午後は、詩吟第一教場、今日は5人の出席でした。

 18時から札幌西支部の幹事会、札幌駅の近くにある第二道通ビルまで行かなければならない。風が強いし、夜には雨になるかもしれないので、西友の駐車場まで車で行くことにした。帰り雨になっても心配は無い。それだけではない、車で行かなければ、帰り飲むことに為りかねない。明日は、稲苑大学13期の日帰り旅行で一杯飲むことになる。それだけに今日は控えたかった。

 手稲駅で汽車に乗って座ったら、少しして、あら!!という人がいる、何と今日の会議に一緒する藤村先生だった。札幌までおしゃべりの相手が出来た。

 この前、撮ってくれた写真2枚頂いた。五十嵐支部長とジュエットしている写真があった。我ながら、カラオケの笑顔のよさに、照れるより楽しくなる。

 幹事会、10周年記念大会に関すること、とくに、プログラム、と記念誌の問題かなり詰めてきました。
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夏至・父の日

2009-06-21 19:17:03 | 身辺雑記

 冬至の対極、夏至が今日です。一番、昼の長い日、ここから本当の夏になるのだ。だけど、今日の札幌、夏には程遠い一日でした。午前中はぽつりぽつり雨も降る肌寒さ。

 パークゴルフも行く気がせず、詩吟を少しやり、10時半過ぎから家内の買い物のお供。

 朝食後、一寸昼寝をして、13時過ぎにパークゴルフに行くことにした。森林公園に行こうかと思って出たのですが、午前中余りいい天気でなかったから、森林は混んでいるのじゃないかと思い、バツタに変更する。バツタはやはりがらがらでした。一人で、コオロギを回って、キリギリスに来たら関谷先生が来た。それでバツタに行く。すると、丁度9番をあがった方、関谷先生は良く知っていられる方みたいで、一緒することになった。どういうわけか、このバツタ快調、1・2・3・4・7・9と取れて27であがった。次にキリギリスここも28であがった。昨日がこんなならよかったのになんて思ったりして・・・。天気も途中から太陽が顔を出したりして、シャッの袖を巻くりあげ、半袖スタイル。でも帰るときはすっかり曇りに為っていた。

 今日は、又父の日なのです。家内は、晩飯をすき焼きにするつもりだったのだけれど、パークから帰ったら、お寿司に変更するという。

 ささやかな、父の日、ビールを飲みながら寿司を食べて完。珍しいくらい何も無い日曜に為りました。でも。今週は大変な週に為ります。

 明日は、午前中に琴似に行く仕事が一つある。午後は、詩吟の教室から帰ったらすぐ、北詩連札幌西支部の幹事会に出かけなければならない。明後日は、稲苑13期の日帰り旅行で温泉ゆき、そして土曜は、稚内行き、日曜の大会、終わるまで心配は続きます。

 
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パークゴルフの6月例会・・・・ま・・楽しければOK !!!

2009-06-20 18:41:50 | 身辺雑記

とにかく今年はサッパリ稽古に行けない。だから、大会に出て入賞を目指すなんて事は考えられない。去年くらいまでは、内心あわよくば位の気持ちがあったのだけれど、今年は駄目です。

 今日の例会も130人くらい参加していた。今日の私の組はマーカーが唐沢さん,女性です。私は名前も知りません。そして成田さん、平森さん、二人ともよく知っています。とても私の太刀打ちできる方では有りません。

 バッタの3番スタート、バッタは9番まで何とか二点取れました。これは私にしては上出来なのです。次のコーロギ、普通はこのコースが一番稼げるのです。私でも大抵27~28位で上がれるのです。それが何と33点パーなのです。参った。1番の一打目一寸ショートだったけれど、3点で上がれたから乗っていけるかと思った。それが、2番から狂うのです。2番の1打もショートだった。でもそんなに難しいアプローチでもないはずなのです。ピンまでのクロバーなどで重たくなっているコースを考えた心算ではいたのですが、普通の時のアプローチショットだった。ピンまでの距離の半分くらいしか飛ばなかった。結局4打にしてしまった。

 次の3番、パー3、3打目、イージーパットです、それを外した。4番70メートルの直線コース、ここは好きなホールなのです。左側のラフに入れるのが最悪なのです。それを意識したのでしょうか、とにかく真っ直ぐ一打でピン側までと力んだ。打球は右にそれた、それただけならまだいいのですが、途中の右にある樹に命中、左側のラフの後ろの方へ跳ね返ってきた。2打目ラフからパンチで打つたら今度は又別の樹に当って横にそれる、結局5打になってしまった。次の5番、ここは2点の取り易いところなのです、ここにも途中に障害物に樹の切り株2本が置かれている。ここでも樹に当って皆様2点なのに私だけが3点。次の6番、ここは途中に障害物の木杭の柵がある。その先端部分を越えるのが一番いい打ち方なのです、何とここでもその柵に当って右のラフに飛んでゆく。ここも4点になってしまう。そんなトラブル続きで、一番稼がなくちゃならないコオロギを33点のパーにしてしまったのです。

 次のキリギリス、2番で3打目私が一番近くて邪魔なところにあるから、お先といって、ひょつと打ったら外れてしまった。いろいろあって、キリギリスは28で上がった。後残りはバツタの一番と二番、ここまで7点しか取っていないから、後二つ取れても90を切れない、そんな気持ちで、一番一寸冒険した。最初のマウンドの端にゾーンがある、その横を上手く通ればかなりピンの近くに行くように思われるので、打った。駄目でした、ゾーンの杭に命中、中に入っちゃった。結局ここで0B、6打となる。二番はいいところについたけれど、バットを外してしまう。結局バッタも33点のパー。

 コオロギ・バッタどちらも33点のパー。キリギリスの28点だけが得点。結局94点で外の男性二人には10点から差をつけられ、女性のオーナーの唐沢さんには辛うじて勝ったのかな。どうも今年は、どこかのコースで大失敗をする、要するに緊張を持続できなくなっているということなのでしょう。でも、失敗を笑っていられるのだから、これはこれでよしとします。

 終わって、車に行く途中で、伊藤さんがいたので一寸声を掛けたら、「ブログ見てますよ」と言ってくれた。嬉しかった。
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孫からとてもよい話があった

2009-06-19 17:12:39 | 身辺雑記

 聖心女子学院の高3の孫から先ほど電話があった。

 おじいちゃんに報告したくて電話したという。

 話の内容は、今日病院へボランテイアで行き、詩吟をやりとても喜ばれたということなのです。

 病院では音楽療法のリハビリーが行われていたのだそうです。其の中で何かコメントしてほしいと言われ、戸惑ったが、詩吟をやっているので聞いてくださいといって、広瀬旭荘作「桜祠に遊ぶ」を、先に詩の内容を説明して、それから吟じて聞いてもらったのだそうです。「花開けば万人集まり/花尽きれば一人なし/但見る双黄鳥/緑陰深き処に呼ぶを」だったかと思いますが、この詩を自分で勉強し理解していて、話し、吟じたのです。

 すると患者さんたちがとても感動してくれて、涙を流して聞いてくれた人もいたといっていました。

 さらに、音楽療法士をしていた方が、今の中学や高校生の中にも、こんな礼儀正しい人もいるのだといってほめてくれたというのです。

 詩吟でこんなに感動されたのが嬉しくて、電話したという・・・・・私も嬉しくなりました。特に、詩吟を教えたときには、詩文の簡単な説明はしたけれど、さらに自分で勉強して、人に説明できるまでにしていたことに、「偉い!!」とほめてやりたい。

 先日、4段を取りました。私の会では4段で初伝とし、吟号「山」を授与することにしています。それで、本名が「有紗」なので、「紗」か「瑳」のどちらにするか選ばせたら、「瑳」の意味を調べて、これにすると言って来た。些細なことだけれど、自分でその意味を調べて決めたことに、感心していたけれど、ただ詩吟をやるだけでなく、そこからいろいろ学ぼうとする姿勢が嬉しい。

 
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