
軍曹殿はますます“鬼”になっておられる。
「はい、これ」「はい、あれ」と次々に新しい任務を与えられる“新米主夫”二等兵。
勝手が分からず右往左往させられる。
最前線での40年余に及ぶ戦いを終え、
「もういいだろう」と一線を退き15年になる。
それでも最前線で戦う若い兵士を支援するため、
週3回は後方部隊に配属され、それが今日まで続いている。
そうなった二等兵をつかまえて軍曹殿は、
「前線で戦うことはなくなったのだから、
新たに風呂掃除、ごみ出しの任務を与える」と命じられたのである。
ここらあたりの任務は、同じような境遇の同輩がたくさんいるようだから、
さして苦痛でもなければ、不平を言うほどのことでもない。


だが、任務は徐々に増えていった。
毎週土曜日には、兵舎の掃除が新たに加わった。
部屋中隅々に掃除機をかけるだけで、拭き掃除ということまでは免れているが、
自分が寝起きし、寛ぐ場所とあれば、掃除には念を入れる。
兵舎の掃除が終わると、今度はこれまで通りの風呂掃除だ。
さらに、たまに兵舎出入口(玄関)や周辺(ベランダ)にデッキブラシをかけたりする。
ここらあたりが、主任務というところか。
これに最近、配膳係という新たな任務が加わった。
テーブルに食器を並べ、箸をきちっと揃えて置く。
軍曹殿は食事の際、ビールを飲まれるからグラスも忘れてはいけない。
お茶の用意、茶器に茶を入れ、湯を沸かして注ぎ、
自分の湯飲みを用意するのは二等兵の任務になっている。
このように新たな任務を次々に命じられるのである。

しかも、このところ軍曹殿のご機嫌があまりよろしくない。
得体の知れない新型コロナウィルス軍とかいうものが攻め込んできており、
我が軍は基地、兵舎にくぎ付け状態にされているのだ。
相手の正体がよく分からないまま、じっと我慢を強いられると、
どうしてもストレスが溜まってくる。それは、この二等兵とて同じだが、
軍曹殿の方がややひどいように見受けられる。
おまけに、軍曹殿は3度、3度の食事を担当されておるから、
余計にそうなのであろう。
だからなのだと思う。
命令口調が日増しに厳しくなってきた。
たとえば、掃除機をかけようとすると、
「その掃除機、前のごみが入ったままだろう。ちゃんと始末してからにせよ」
「ここはちゃんとやったのか。まだ、ごみが残っているではないか。
それでは二度手間になってしまう。何をしているのだ」などと叱責される。
風呂場に行けば、
「浴槽だけではだめ。床もしっかり磨け。ついでに鏡、壁、天井も」
「流し部分のごみはちゃんと処理したか」
細々とした命令が飛ぶ。
つい、「では、ご自分でどうぞ」と言いたくなるが、
そこをぐっと我慢できるのが古参兵だ。
世間では堪え切れず、軍曹殿に手を上げてとんでもない事態を
招いていることもあるそうだが……。
当分は我慢するしかあるまい。
コロナ軍が退却してくれれば、軍曹殿の苛立ちも少しは収まるだろう。