【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

威嚇射撃

2010-10-17 17:23:51 | Weblog
しまった。火縄銃でやってしまった。

【ただいま読書中】『焦土作戦 ──大消耗戦1943~44』パウル・カレル 著、 松谷健二 訳、 フジ出版社、1986年、3500円

著者は「スターリングラード」でたしかにバルバロッサ作戦は終了したが、独ソ戦での「ドイツ軍の敗北の始まり」は「スターリングラード」ではなくて43年夏のクルスク戦である、と考えます。ここで消耗戦に切り替えればドイツにはまだねばるチャンスはあった、と。しかしヒトラーは一挙挽回を狙い「城塞作戦」を決行しました。独ソ戦の本質を浮き彫りにするため、本書は、まずクルスクを扱い、それから42年に戻ります。それと本書で扱われる材料は広範なアンケートなど「すべてが真実」だそうです。
ヒトラーはスターリングラード後の戦局を打開するために、新型戦車ティーゲルなどを大量に投入するクルスク戦(城塞作戦)を発動させました。ただし、将軍たちの意見は割れていました。その戦力を連合軍のイタリア上陸に向けて当てるべきという人もいましたし、城塞作戦を発動させるのが遅すぎると不満を持つ人も(ヒトラーは何回も決断を延ばしていたのです)。局地作戦なのに投入されるのは、バルバロッサ作戦開始時に投入されたのとほぼ同じ数の戦車と航空機という大軍でした。ヒトラーは大兵力による奇襲という「一枚のカード」にすべてを賭けたのです。しかし、奇襲は奇襲ではありませんでした。情報はソ連に漏れソ連軍は万全の防御態勢で待ちかまえていたのです。
ドイツ工兵隊の地雷撤去班の仕事はこう記述されます。「ひどい仕事だ。とにかく探知機は使えない。過ぐる戦闘で地面は鉄だらけ、探知機は鳴りっぱなしなのだ。埋められた死の罠を手でさぐり、針金でつつくしかない。それから素手で掘り出し、信管をはずし、わきにのける。そして前進! 雨が降ってきた。暗い。うっかり動けば死ぬか不具になる。手の動き一つに永遠があった」 ちなみにここで登場した工兵隊10人は、真っ暗な夜5時間で2700の地雷を掘り出し、爆発したのは一つもなかったそうです。
各所で、幅数十キロにわたってドイツ軍は数キロあるいは10キロくらいソ連側に侵攻しました。しかしソ連の防御陣は分厚く、場所によっては30キロくらいの厚みのある防衛線(線というか帯)を構築していたのです。さらに予備兵力もたっぷりと。戦車によって歩兵は簡単に蹂躙できるはずでしたが、対戦車壕や対戦車砲、数百台の戦車群同士による戦車戦などが戦車の足を止めます。ドイツには対戦車砲を搭載した航空機なんて新兵器もありましたが、泣き所は燃料不足でした。補給が上手くいっていなかったのです。さらに重大な「裏切り」がドイツ内部にありました。
そして著者によって時が巻き戻されます。クルスク“以前”に、すでにクルスク“以後”の“舞台”と“俳優”は準備されていた、と。
ソ連軍は戦い下手でした。だからバルバロッサ作戦の初期にドイツ軍にあれほどあっさりとやられてしまったのです。しかし、その「敗北」は「トレーニング」でもありました。「戦争とはどのように戦うものか」をソ連はドイツに実戦で教わったのです。そしてソ連軍は覚えの良い生徒でした。失敗を繰り返しさらに失敗を繰り返し、たまに成功するようになります。それでも単純比較をしたらドイツ軍の方が優秀でした。ただ予備軍が圧倒的に不足している、という致命的な欠陥があったのです。ならば必要なのは戦線の縮小です。しかしヒトラーはそれを受け入れようとはしませんでした。ドイツの将兵は、ソ連軍だけではなくてヒトラーも敵としなければならなかったのです。その態度はヒトラーからは叛逆と見なされました。
しかしヒトラーも“学んで”いました。しぶしぶとですが。スターリングラードでの25万人の第6軍が失われた原因が撤退命令の遅延によることが明らかになって、一度占領した地点は「死守」すべしというテーゼがぐらつき始めます。ヒトラー自身はそのぐらつきに抵抗しますが、彼が抵抗するたびに千単位で将兵が死んでいきました。前線の指揮官に必要なのは、ヒトラー指令に逆らってでも示すべき市民としての勇気だった、と著者は述べます。そしてドイツ軍には軍人として優秀なだけではなくて「市民としての勇気を持つ」指揮官が多くいたのです。
本書で紹介されるルジェフ撤退戦のドイツ流には驚きます。きちんとプランを立て、使える道具は一切残さず、ドイツ軍に協力した6万の市民も同行させ、さらに撤退に使ったあとの線路1000km分と電話線1300km分も回収します。それもロシアの3月の気候の下で、ソ連軍の追撃を受けながら。
ヒトラーの失敗は、すべて将兵にその責任が押しつけられました。将軍は更迭され、兵士は殺されます。しかし、出血しつくした部隊で補給はほとんどなく数倍の敵に圧迫されながらも、最善を尽くして行動し続ける人たちがいました。本書のラストは、そういった「勇気の物語」です。
独ソ戦についてはほとんど詳しいことを知りませんでしたが、本書を読んで妙に興味がかき立てられました。



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