【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

生け贄

2010-10-29 18:22:41 | Weblog
古代から人間は神に生け贄を捧げてきました。旧約聖書には羊が盛んに生け贄として登場しますし、人間さえも捧げられそうになってます。ところで、スペインなどでの闘牛もまた生け贄の儀式だったのかもしれない、と私は考えています。今は動物虐待とか娯楽のジャンルですが、かつては、「単に牛を殺す」のではなくて、人間の命もまた牛と同等の立場にして、場合によっては牛ではなくて人間を神に捧げるという宗教儀式だったのではないか、と。

【ただいま読書中】『驚異の古代オリンピック』(原題The Naked Olympics)トニー・ペロテット 著、 矢羽野薫 訳、 河出書房新社、2004年、1900円(税別)

原題の通り古代オリンピックを“裸”にしてみた本です。
まずは観客になってスタディオン(競技場)に入ってみましょう。入場は無料ですが16時間立ちっぱなしです(スタディオンとは英語のスタンドのことです)。川は干上がり、川底は屋外トイレと化しています。夏の強烈な暑さと蝿、のどの渇きが観客を苦しめ、行商人から買えるのは、得体の知れない腸詰め・岩のように固いパン・怪しげなチーズでそれをワインで流し込むしかありません。さらに聖地オリュンピアはアテナイから330km離れたへき地で、観客は徒歩であるいは船でたどり着くとキャンプを張るしかありませんでした(宿泊施設はろくにありません)。それでも熱狂的な観客は外国からさえ集まってきました。紀元前776年から紀元後394年にローマ皇帝が異教の儀式を中止するまで、約1200年の間4年に1回のオリンピックは1回も欠かさず293回連続で開催され続けました。
「祭典」はスポーツだけではありませんでした。宗教儀式が次々行なわれ、3日目にはゼウスの祭壇に生け贄の牡牛が100頭捧げられます(他の宗教儀式も盛んに行なわれています)。ガイド付きの観光ツアーも盛んです。屋外美術館と化した「聖地」には美術品がずらりと並べられます。世俗の楽しみでは、酒宴・朗読コンテスト・大食い競争・娼婦・占い師・ダンサー・マッサージ師・雄弁家……
ただ、メインはやはりスポーツです。5日間に行なわれる主な18種目には、われわれにはなじみがないものも混じっています。戦車競走(映画「ベン・ハー」の競走場面は忠実な再現だそうです)や鎧兜フル装備での競走(ホプロトドゥロミア)なんてものもありますし、パンクラティオンという格闘技では、反則は目を突くことだけ。指を折ったり首を絞めることもOKなのです。そうそう、短距離走でのフォームは「ナンバ走り」です。
古代オリンピックに関する史料は豊かではありません。埋もれていたオリュンピアが再発見されたのは1766年。本格的な発掘はその100年後にフリードリヒ4世の支援を受けたドイツの考古学者によるものです。再度関心が集まったのは1936年、ベルリンオリンピックの年に「オリュンピアこそ古代アーリア人の桃源郷」という夢想を持ったヒトラーの命によって発掘が行なわれ、4万人収容のスタディオンが地中からその姿を現しました。(ついでですが、聖火リレーはベルリンオリンピックから始まっています)
古代ギリシア人(文化)にとって「競争」は非常に重要なものでした。詩の朗読や美も競争が行なわれていました。そういえば戦争もギリシア神話を読む限り神々の競争ですね。したがってスポーツも「競争」の観点からギリシア人にとって非常に重要なものになるわけです。競技をするときに選手が裸になる理由は明らかではありません。ただその“効果”は明らかです。社会的身分がはぎ取られ“民主的”になるのです。反則や八百長をすると、容赦なくむち打たれたり罰金刑が喰らわされます。
オリュンピアから65kmほど離れたエリスが、競技場を管理し審判を務めていました。選手たちは競技開始1箇月前にエリスに集合して登録し、隔離されてトレーニングを行ないます。選手村のようなものです。
選手の多くは子どもの時から専門的な訓練を受けている“プロ”でした。実際に金のやり取りも行なわれています。最初は地方大会で名を売り、成功したら地中海沿岸の賞金が高い大会を転戦して最後はオリンピック。オリンピック優勝でもらえるのはオリーブの冠だけですが、それ以外の“見返り”(都市国家で得られる経済的なものや名誉)が莫大なのです。なんだか昔も今も同じように感じます。古代オリンピックでは「フェアプレイ」が強調されましたが、それは“腐敗”がはびこっていたことの裏返しでした。男女は不平等でしたが(既婚女性はスタディオンには入れず、女性選手はスパルタだけ)、それを非難する人は近代オリンピックの第一回大会に女性種目が一つもなかったことについても何か言ってね、と著者は言っています。
そして、祝祭と狂騒の5日間が始まり、終わります。本書には、まったくの異文化ではありますが、決して理解不能ではない「オリンピック」の姿が生き生きと描かれています。スポーツと歴史好きには、読んで損のない本です。


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