【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

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2011-03-13 17:59:56 | Weblog

 財源は?

【ただいま読書中】『火星人の方法』アイザック・アシモフ 著、 小尾美佐・浅倉久志 訳、 ハヤカワ文庫SF492、1982年、380円

目次:「火星人の方法」「若い種族」「精神接触」「まぬけの餌」
 どの作品も発表年代は1950年代前半。つまり読者は20世紀前半の科学レベル(月着陸どころか、スプートニクさえまだの時代)に頭を合わせておいた方が、作品が楽しめることになります。
 「火星人の方法」……火星植民地では第四世代が生まれ始めました。人口は5万。ある程度自立できるようにはなってきましたが、どうしても地球に頼らなければならないのが「水」と「食糧」でした。水はもちろん人の生存や食糧生産にも必要ですが、石油が枯渇した時代にはロケットの推進剤としても重要なのです。しかし火星には水はほとんど存在しません。地球では「火星を甘やかすな」という政治勢力が伸び、火星への水供給制限を始めます。ではどうするか。「火星人」たちは、宇宙に水を求めることにします。
 本作で比重が大きいのはもちろん(想像力を駆使した)宇宙空間での光景や人の活動の描写ですが、それと同じくらい重要なのは火星表面での日常生活でしょう。これが本当に生活臭があります。それと、「宇宙に金を使うのは浪費でしかない」と主張する人たちへの反感も著者は堂々と表明します。繰り返しますが、「スプートニク」の前ですよ。著者の想像力の大きさには驚きます。
 「若い種族」……戦争“後”、種族はゆるやかに衰退の道を歩んでいました。子供たちは昔と同じように快活に遊んでいますが、子供の数は年々減少し、経済規模は縮小を続けています。しかしそこに宇宙からの来訪者が。原料としての石油や石炭と交換に、新しいテクノロジーを提供しよう、と言うのです。しかし、宇宙船は墜落。やっと生き残った「商人」と「探検家」は…… いや、最後の一文を書きたいがために著者はこの作品一つを丸々作り上げたのではないか、という疑いがしつこく私につきまといます。このテイストを保存しての映画化は絶対不可能な作品です。
 異質な知性とそれを基盤に成立した文化を描こうとした「精神接触」は、なかなかむずかしいことをやっています。著者の「わからせたい」というサービス精神が「異質性をわかるように説明する」方向に向いてしまって、レムのような読者を呆然とさせる結果とは違うニュアンスになっていますが、これは著者のキャラクターのせいでしょう。
 植民団が全滅した惑星に調査に向かう宇宙船には「記憶機関」(完璧な記憶力を持った人々の組織)の一員が乗っていて……の「まぬけの餌」。こちらは「狭量な専門家」vs「広範な全体像を把握する人」という点で「宇宙船ビーグル号」を想起させます。ただ、あれよりはもうちょっとユーモラスですが。皮肉なのは、「植民団を全滅させる危険な環境」よりも「狭量な人間で構成される人間世界」の方がある種の人間にはとても危険、ということでしょう。本書に登場する(当時の言葉では)「白痴の天才」の内面描写は、執筆当時は自閉症とか学習障害という概念が成立していなかったことを思うと、もしかしたら著者自身の内面描写なのだろうか、という疑いさえ持ってしまう迫真のものです。プロット自体は単純でそれほど驚きはありませんが、このキャラクター造型には一種の迫力を感じます。