俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

くびれ

2011-10-14 15:18:33 | Weblog
 人間は「くびれ」のある動物だ。これは奇妙な体型だ。猿も類人猿も寸胴体型だ。例外は蟻と蜂ぐらいしか思い浮かばない。但し昆虫のくびれは体節であり人間のくびれとは質的に異なったものだ。
 人間のくびれが繁殖適齢期にだけ現れることも奇妙だ。子供の頃は寸胴体型で中年以降も寸胴に戻る。くびれは繁殖適齢期にのみ現れる特異な体型だ。蟻や蜂が生涯を通じてくびれ体型を維持するのとは大きく異なる。
 人間のくびれが生存のために役立っているとは思えない。腹が出ていれば体を捻る時に邪魔になるかも知れないが、くびれと寸胴では差があるように思えない。
 人間のくびれは孔雀の尾羽と同様に種族内での性的淘汰において意味を持つものと思われる。男女ともくびれのある異性が大好きだ。男性は豊かなバストとヒップ、そしてそれを際立たせる細いウェストのグラマラスな女性が好きだ。女性は男性の逆三角形の体格を好む。
 なぜ人間がこんな嗜好を持ったのか分らない。竹内久美子氏なら答えてくれるだろうか。

耐える民

2011-10-14 15:04:41 | Weblog
 日本では暑い夏も30日ほど我慢すれば涼しくなる。寒い冬もやはり30日ほど我慢すれば暖かくなる。残りの300日は比較的快適な気候だ。こんな風土だから耐えることを美徳とする考え方が定着したのだろう。
 インドやメソポタミアではそうではない。暑さは50日経とうが100日経とうが継続する。従って克服することが美徳とされる。これが文明を生んだ。
 島国である日本は疫病の脅威に曝されることが殆んど無かった。地続きであるヨーロッパやアジアではペストやコレラなどにより絶滅の危機にも曝された。病と戦うことは彼らにとって絶対に必要なことだった。日本では大流行そのものが無かったから戦う必要も無かった。
 こんな歴史があるから日本人は戦うことを好まない。我慢して状況の好転を待つ。台風一過を待つようなものだ。そのために「長いものには巻かれろ」とか「出る杭は打たれる」とかいった消極的な格言が根付いた。
 困ったことに日本人は歯の痛みにまで耐えてしまう。鮫とは違って人間の歯には再生力も自然治癒力も無い。痛みが収まるのは実は症状が悪化して一時的に痛みを感じない状態になっているだけだ。我慢しているうちに症状は更に悪化する。歯の痛みは我慢しないほうが良い。同様に、我慢しても良くならないものに対して我慢すべきではない。

消費税増税

2011-10-14 14:51:05 | Weblog
 消費税が増税されることはほぼ確実だろう。反対しても仕方が無いから上げ方にだけ注文を付けたい。分割して上げることだ。毎年1%ずつ上げるか1年おきに2%ずつ上げるかは政治家が勝手に決めれば良いが、大切なことは分割して上げることだ。
 増税前には駆け込み需要が発生する。一時的に景気が刺激される。その特需がその後の買い控え額を上回ることはこれまでの導入・増税前後の実績が証明している。
 私自身、導入前・増税前には多くの商品を買い溜めした。それまで殆んど買ったことのない商品まで買い溜めした。当時買い溜めをした商品の一部は今でも残っている。買い溜めをし過ぎたということだ。
 消費税の増税は増税前の消費を促す。これは国にとっては好ましいことだ。日本の不況感は国民の消費不振が一因と思われるからだ。
 勿論、増税によって消費が拡大する訳ではない。税込購入額が同額なら税抜き購入額は減少する。駆け込み需要は一時の徒花でしかない。それでも、無いよりはマシだ。そして一度ではなく二度・三度と繰り返されるほうが望ましい。庶民にとってはささやかな抵抗による気休めにもなる。