3日付けの「不平等」に批判的なコメントがあった。敢えて反論はしないが、少しだけ補足しておきたい。私はあくまで少数者の立場から多数者優遇を承認しているのであって、多数者の立場から多数者エゴを主張している訳ではない。この二者は全然違うものだ。
多数者と少数者は共存すべきであり、相互に否定し合うべきではない。以前に(2007年11月14日付)「左利き」という記事を書いたことがある。私本人は右利きだが、社会が余りにも右利き向けに作られていることに憤った。しかしそれでも多くの道具が右利き用に作られていることは許されるべきだろう。日本人の9割が右利きなのだから基本的な道具が右利き仕様になるのはやむを得ない。左利き用が少なくしかも割高であるのは左利きに対する差別だという主張には賛同できない。あくまで経済合理性に基づくものだ。確かに左利き用の道具は普通の店では入手困難だが、今ではネットで簡単に購入できる。
一番駄目なのは右利きにも左利きにも使い勝手の悪い道具だ。これは男女兼用水着のようなものであり誰にとっても不便な物だ。勿論こんな馬鹿な商品を作る企業は無い。しかし社会制度はそうではない。多数者だけが優遇されたり、逆に一部の少数者が不当に厚遇されたり、あるいは誰にとっても好ましくない奇々怪々な仕組みであったりしている。このバランスを少数者の視点から見直したいということが私のスタンスだ。例えば利用者の多い駅には左利き用の改札口を設けるべきだろう。
多数者と少数者は共存すべきであり、相互に否定し合うべきではない。以前に(2007年11月14日付)「左利き」という記事を書いたことがある。私本人は右利きだが、社会が余りにも右利き向けに作られていることに憤った。しかしそれでも多くの道具が右利き用に作られていることは許されるべきだろう。日本人の9割が右利きなのだから基本的な道具が右利き仕様になるのはやむを得ない。左利き用が少なくしかも割高であるのは左利きに対する差別だという主張には賛同できない。あくまで経済合理性に基づくものだ。確かに左利き用の道具は普通の店では入手困難だが、今ではネットで簡単に購入できる。
一番駄目なのは右利きにも左利きにも使い勝手の悪い道具だ。これは男女兼用水着のようなものであり誰にとっても不便な物だ。勿論こんな馬鹿な商品を作る企業は無い。しかし社会制度はそうではない。多数者だけが優遇されたり、逆に一部の少数者が不当に厚遇されたり、あるいは誰にとっても好ましくない奇々怪々な仕組みであったりしている。このバランスを少数者の視点から見直したいということが私のスタンスだ。例えば利用者の多い駅には左利き用の改札口を設けるべきだろう。