俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

歴史書

2015-11-26 10:18:27 | Weblog
 中国は偉大だとつくづく思う。勿論、現代の中国のことではない。中国史のことだ。司馬遷の「史記」あるいはそれ以前の歴史書である「春秋」などがそのまま残っている。もし始皇帝による焚書坑儒が無ければもっと多くの歴史書が残っていたかも知れない。
 権力者にとって歴史書は忌々しい。不都合な記録が必ず残されているからだ。だから都合の良い歴史書を編纂させようとする。
 日本最古の歴史書の「古事記」と「日本書紀」は天武天皇の命によって作られた。その元資料となった「帝紀」と「旧辞」は残っていない。多分都合の悪い歴史を抹殺するために廃棄されたのだろう。天武天皇は継体天皇と共に、最も素性の怪しい天皇だ。
 明治維新の新政府も歴史を改竄しようとした。勤王の志士を英雄に、新撰組をテロリストと位置付けた。しかし言論の自由があったからこれは成功しなかった。それでも江戸時代を暗黒時代と信じ込ませることには少なからず成功した。
 朝鮮はもっと酷い。最古の歴史書は1145年に完成した「三国史記」だ。この書は多くの歴史書に基づいて書かれたとされているが第一次史料はどれ1つとして現存しない。多分意図的に廃棄されたのだろう。そのために信憑性は乏しく、中国や日本の歴史書と矛盾する箇所が多数ある。歴史に対する不誠実さの現れだろう。
 歴史書を編纂することは大切だがその時にやってはならないことはそれ以前の歴史書を葬ることだ。これは言論統制であり歴史の捏造だ。
 日本と朝鮮の例を見れば中国の歴史書がいかに素晴らしいか分かる。歴史は事実そのものではなく必ず解釈が加わるが記録としての価値は高い。権力者が歴史書をどう評価するかが重大な試金石となる。不当な権力者ほど歴史を捏造する。歴史を直視できない権力者はfactをfictionに変え更にfantasyへと至る。
 中国の歴代王朝が歴史を尊重したのは自らの正当性を確信していたからだろう。それと比べて現代の中国は情けない。歴史を歪めようとする。抗日戦争の主役が国民党政府であったこと、毛沢東には沢山の失政があったこと、そして文化大革命や天安門事件。これらが隠されている。かつての歴史大国が今では世界有数の歴史貧国に堕している。
 歴史を知ることは事実を踏まえることだ。不都合なことも含めて事実を事実と認めることだ。この姿勢は科学と同じだ。事実よりも願望を優先すべきではない。悪人が履歴書に嘘を並べ立てるように悪い権力者が歴史を捏造する。もし間違った歴史が定着していればそれは断固見直されねばならない。基礎工事で手抜きをした建造物が壊れるように、国の根幹たる歴史を捏造した国家は崩壊する。

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