現在、台風26号が日本列島に接近中であるが、かなり大型のようでテレビ、ラジオ等では盛んに警戒を呼びかけている。8703にとって忘れることが出来ない台風の記憶がある。それは1954年(昭和29年)9月26日、台風15号(通称マリー台風)によって当時の国鉄青函連絡船「洞爺丸」が沈没した事故である。死者・不明者1155人という日本海難史上最大の惨事であった。
この日は、8703の14歳になる誕生日であったが、毎年恒例になっていた叔父家族が住む栗山町のお祭を楽しんで雨竜町の実家へ帰る日であった。丁度お昼頃に栗山を出発し、岩見沢で乗り換え(当時の国鉄)滝川へ向かう頃から風が強くなり、滝川から雨竜へのバスは強風の中を走っていた。夕方には無事に家に着いたが、嵐は激しさを増していた。そして翌朝、近所の寺院の屋根が無くなって居るのに驚き、その後、ラジオ(その頃はまだテレビは無かった)で洞爺丸遭難のニュースを知った。自然の脅威を初めて実感した記憶である。
この日は、8703の14歳になる誕生日であったが、毎年恒例になっていた叔父家族が住む栗山町のお祭を楽しんで雨竜町の実家へ帰る日であった。丁度お昼頃に栗山を出発し、岩見沢で乗り換え(当時の国鉄)滝川へ向かう頃から風が強くなり、滝川から雨竜へのバスは強風の中を走っていた。夕方には無事に家に着いたが、嵐は激しさを増していた。そして翌朝、近所の寺院の屋根が無くなって居るのに驚き、その後、ラジオ(その頃はまだテレビは無かった)で洞爺丸遭難のニュースを知った。自然の脅威を初めて実感した記憶である。