ナオスミンの雑記

2009年9月14日より、四年半使用し続けた、グリチルリチン酸配合のATPリピットゲルを中止。リバウンド体験中。

悔いのない生き方

2015年07月04日 15時40分27秒 | お気に入り

どんなふうに生きれば、死ぬ時に悔いが残らないのだろう?

美味しいものを食べ続ければ、悔いが残らない?

たくさん旅行すれば、悔いが残らない?

たくさんの友人達と楽しく過ごしたり、大恋愛すれば悔いが残らない?

社会的地位が高ければ、悔いが残らない?

子供が自立した大人になれば、悔いが残らない?

なんだか、私はこれらがすべてかなったとしても、悔いが残る。

もちろん、これらは、どれもかなってほしいことだが、人生の目標とは異なる。

 

これらだけでは、私は死ぬ時に悔いが残る。

美味しいものを食べる時の幸福感は一時のものだし、旅行の幸福感も一時のものだ。

友人と過ごす時間は楽しいものだが、それも一時のものだ。

 

どうしたら、悔いのない人生を送ることができるのだろう?

私は、生きている間に、どれだけこの世を知ることができたか、そして、どれだけ誰かの役に立ったか、が、悔いのない人生のためには必要なんじゃないかと思う。

この世を知るということは、歴史、科学、政治、哲学、物理学なども含むし、生まれた意味を知ることであり、この世の法則を見つけることでもある。

そして、今無事に生きていられる、今食べることができることのありがたみを、日々感謝することでもある。

誰かの役に立つということは、金銭面だけではなく、誰かの生き方をより良い方向に導くことである。

それには、書物として残してくれた、昔の偉人達がよい例である。

また、自分の生き方を通して、周りの人々に影響を与えることもできる。

 

悔いのない人生は、本当に難しい。

それに、人生は、本当に短く、今回もよくわからないまま、悔いを残してしまいそうである。

ともあれ、これからの日々を、ほんの少しでも、悔いの残らない方向へ持っていく努力を続けようと思う。

 

追伸

聖人と呼ばれる、キリストやブッダは、日々美味しいものを食べ続けたり、友人達と毎日騒いだりして時間つぶししただろうか?

それよりも、どうしたら、人々を良い方向へ導けるかを考え、書物を書いたのではと思う。

だから、孤独だったのではないかと思う。

かといって、孤独を悪いものだとは思わず、楽しんだのではないのだろうか。