(上の写真はチャイです。
露店では、よくこんなコップで出されています。
これか、土器か、薄いプラスチック系のカップです。
でも、ほとんどがこの分厚いコップかな。
写真はWest Tokyo Todayより転載させていただきました。
なにせ、ほとんど写真をとらず、また旅の半ばでカメラの電池切れになり、ほとんど心のカメラにしか撮っておりません。
そこで、雰囲気づくりに他人の写真を流用させていただきます。)
列車がくるまで駅内のカフェでチャイを飲むことになった。
カフェといっても、ただ広いだけの倉庫のような空間にカウンターがあって、チャイだけ売っている。
だが、飲むためのテーブルや椅子なんてまるでなく、そこの地べたに座るか、ホームに持参して立って飲むしかない。
と、愚痴はいいたいが、・・・
そうはいっても、チャイは暖かくて旨いから、どこで飲んでも文句はなかった。
ちゃんと、薫り高いマサラティになっていた。
ほんの少しだけの容量しかないのだが、実に旨いのである。
なんか、ホッとするのだ。
俺は、しばしば、池袋駅構内のスタンドバーで生ビールをよく飲むけど、あのときの安堵感に似たものがある。
自動販売機の温めの缶コーヒーなんかじゃ、その安堵感はえられないのだが、その安堵感に匹敵するのだ。
たぶん、インドという異国の地にいて緊張感が抜けないからであろうが、その暖かさ、甘さ、香りがの五感を刺激してリラックスさせる。
そうこうするうちに、昭和初期のオモチャのような、錆さびの古い列車がやってきた。
一応、一等車にのることになっていたのだが、どうみてもそうはみえない。
ただ、制服を着用した給仕がいるのが、一等車らしいと思われる唯一のところである。
ガイドは2等車に乗るので、目的地であるアグラー駅まではオサラバだった。
車内は殆ど欧米人だった。2列、はさんで通路、3列というシートになっていた。
俺は3列シートの一番通路側で、偶然だが右2列、左2列とも若い日本人女性の二人連れであった。
成田を立ったら日本人と話すのはやめようと固く決意していが、若い女性の間に挟まっては、状況からして至って困難。
結構ベラベラ喋ってしまった。
(その後、バラナシでは逆に若い日本人によく声をかけられたので、「日本人としゃべらず」という方針は簡単に崩れた。団体ツアーの日本人には全く声はかけられなかった。)
全体に、この旅を通じて、2人連れの若い日本人女性をよくみた。
大体がガイド付きのセットされたツアーであるが、よくぞインドにきたものである。
自分の娘だったら、絶対に行くな!と反対しただろう。
さすがに、ツアーの内容を聞いてみるとガイドたちにシッカリ守られた設定で、ボラレたり(本人が気が付いてないこともある。)、危険な目にあったりすることもないようだった。
決められたコース、安全なレストランに行くためか、初日から騙されかけた俺の話にビックリしていたのだった。
しかし、なぜ女性ばかりなんだろうか?
そして、驚くべきことには、女性の一人旅をよく見かけたことである。
あれは、完全にガイドなしだと思う。(ガイド自体も信用できないやつがいるらしいが・・・。)
男性の一人旅は、ときたま見たが、なかなか見なかった。
会っても難しい顔をした悩める青年の感があって、話しかけるような感じではなかった。
ましてや、中年のチャランポランオヤジの一人旅なぞ、今回の旅では誰一人として会うことはなかった。
(そんなオヤジに逢えたら、多分意気投合していたと思う。)
日本の男性は団体客か、5~6人連れの若い人たちのグループでしか見なかった。
男性の女性化、女性の男性化現象ということなんだろうか?
とにかく、彼女たちは知的で明るい人が多かった。
二人連れの日本人女性旅行客
列車の中では、すぐに給仕から1リットルのミネラルウォーターが配られた。
無愛想な顔で早く取りやがれ、という感じである。
ちょっと、デカ過ぎないか?
500CCでも十分なんだけど、そう思いつつ、もらえるものはもらっておこう、そう思った。
だが、お茶に続いて軽食が出てきたのには参ってしまった。
ホテルで十分な朝食をすませたばかりで、もう食欲がなかったからである。
案の定、なんでもカレーの状況で、実は食欲が満タンだったから、食事の中に入っていた大好きなカレー味のコロッケでさえ、一口しか食べれなかった。
おまけにトマトケチャップでさえ、カレーの味がするような気がした。
いや、あのケチャップは絶対カレー味である、と今でも思っている。
兎に角、まったく、おいしいとは感じなかった。
腹が減っていてもまずかったんじゃないか、と思う。
一方、車内にはライフルをもった警官か、軍隊なんだかわからないがずっといた。
トイレにいくと必ず、その車両出入り口、かつトイレが占めるところの狭いスペースにライフルマンはいたのである。
平和に見えるインドだが、それほど、テロリストは怖いのだ。
入国に際してもパキスタンには厳しいようだった。
(列車のトイレ(インド式)
和式に近いが問題はなんでも水洗だということで、ウオッシュレットなどなく、お尻も手動式水洗方法になる。
だが、中国より、全然きれいである。
ただし、なぜか、鍵が壊れてた。
一等車だというのに???)
そんな中、オジサン風給仕が「口臭消し」になるのだろうと思われるのだが、氷砂糖と何かの実か種のようなものが交じったものを皿に入れて、お客一人ひとりを回っていた。
これは、暗にチップ請求のサインであることは俺はわかっていた。
我々の列にきたら、左側2人組の日本人女性たちは何を言っているのか、要求しているのかわからないようで、「ノー・サンキュー」を繰り返していた。
その給仕は何を言っても「このポンカス日本人野郎、どうせわからないだろう!」、というような顔をしていた。
だから、あきらめてしまい、今度は俺に、その口臭消しを突き付けてきた。
まずい朝食だと思った俺も、「英語わかりません、ノーサンキュー」を繰り返すことにした。
そして、右2人組の女性たちも俺に見習ってノーサンキューを繰り返していたのだった。
欧米人は英語がペラペラだから、しぶしぶ払っていた。
見ていたら、なかにはRs100札だしている人もいた。
彼ら給仕は相当稼ぐに違いない。
そういえば、なんとなく「俺は偉いんだ感」があって、威張っているように思えた。
だから、払いたくない気分の半分はそこからきていた。
制服着ている奴はインドじゃ大体威張っていた。
もしかしたら、日本の中学生の学生服でも着ていったら、インド人もビックリするかもしれない。
まあ、インドで威張ったって何の意味もないけどね。
そうこうしているうちに、ある駅についたが、ものすごい光景をみてしまった。
通勤電車らしいが、もう、ものすごい詰め込み状態なのである。
入れずに窓にしがみ付くやつ、入り口にしがみ付いているやつに、しがみつこうとしている奴。
これは、日本じゃ絶対みられない光景だった。
あまりにもビックリしたので、写真を撮り忘れてしまった。
見て数分後に、あの恐るべき光景を撮らなかったことを後悔した。
周りの日本人女性たちも撮り忘れていた。
そこで、その時と似たような写真をネットで探した。
それがコレ ↓↓↓
まさに、同じだった。
この衝撃に興奮さめやらぬまま、アグラー駅に近づいて行ったが、これまた衝撃なのである。
駅に近づくにつれ、周囲はゴミが増えてくる。
どこをみても、ゴミ、ゴミ、ゴミ・・・。
ゴミの中を列車が走るのだ。
線路を歩くやつがいる。
それも一人や二人じゃない。
何人もいる。
バラックの建物から始まり、徐々に、これが住居なのかと思われる廃墟のような建物ななっていき、その建物の間に牛、豚、ヤギ、犬、・・・。
列車が見えているのに気にせず、お尻をむけてウンコをする男、明らかに乞食と思われ地べたにしゃがんでいる老婆、ズボンをはいていない子供、・・・。
路面はグチャグチャの泥濘とゴミ。
この光景が列車の移動とともに次々に飛び込んでくる。
嗚呼! すさまじい・・・。
俺は、唖然としていたので、またまた写真を撮り忘れたのであった。
(つづく)
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露店では、よくこんなコップで出されています。
これか、土器か、薄いプラスチック系のカップです。
でも、ほとんどがこの分厚いコップかな。
写真はWest Tokyo Todayより転載させていただきました。
なにせ、ほとんど写真をとらず、また旅の半ばでカメラの電池切れになり、ほとんど心のカメラにしか撮っておりません。
そこで、雰囲気づくりに他人の写真を流用させていただきます。)
列車がくるまで駅内のカフェでチャイを飲むことになった。
カフェといっても、ただ広いだけの倉庫のような空間にカウンターがあって、チャイだけ売っている。
だが、飲むためのテーブルや椅子なんてまるでなく、そこの地べたに座るか、ホームに持参して立って飲むしかない。
と、愚痴はいいたいが、・・・
そうはいっても、チャイは暖かくて旨いから、どこで飲んでも文句はなかった。
ちゃんと、薫り高いマサラティになっていた。
ほんの少しだけの容量しかないのだが、実に旨いのである。
なんか、ホッとするのだ。
俺は、しばしば、池袋駅構内のスタンドバーで生ビールをよく飲むけど、あのときの安堵感に似たものがある。
自動販売機の温めの缶コーヒーなんかじゃ、その安堵感はえられないのだが、その安堵感に匹敵するのだ。
たぶん、インドという異国の地にいて緊張感が抜けないからであろうが、その暖かさ、甘さ、香りがの五感を刺激してリラックスさせる。
そうこうするうちに、昭和初期のオモチャのような、錆さびの古い列車がやってきた。
一応、一等車にのることになっていたのだが、どうみてもそうはみえない。
ただ、制服を着用した給仕がいるのが、一等車らしいと思われる唯一のところである。
ガイドは2等車に乗るので、目的地であるアグラー駅まではオサラバだった。
車内は殆ど欧米人だった。2列、はさんで通路、3列というシートになっていた。
俺は3列シートの一番通路側で、偶然だが右2列、左2列とも若い日本人女性の二人連れであった。
成田を立ったら日本人と話すのはやめようと固く決意していが、若い女性の間に挟まっては、状況からして至って困難。
結構ベラベラ喋ってしまった。
(その後、バラナシでは逆に若い日本人によく声をかけられたので、「日本人としゃべらず」という方針は簡単に崩れた。団体ツアーの日本人には全く声はかけられなかった。)
全体に、この旅を通じて、2人連れの若い日本人女性をよくみた。
大体がガイド付きのセットされたツアーであるが、よくぞインドにきたものである。
自分の娘だったら、絶対に行くな!と反対しただろう。
さすがに、ツアーの内容を聞いてみるとガイドたちにシッカリ守られた設定で、ボラレたり(本人が気が付いてないこともある。)、危険な目にあったりすることもないようだった。
決められたコース、安全なレストランに行くためか、初日から騙されかけた俺の話にビックリしていたのだった。
しかし、なぜ女性ばかりなんだろうか?
そして、驚くべきことには、女性の一人旅をよく見かけたことである。
あれは、完全にガイドなしだと思う。(ガイド自体も信用できないやつがいるらしいが・・・。)
男性の一人旅は、ときたま見たが、なかなか見なかった。
会っても難しい顔をした悩める青年の感があって、話しかけるような感じではなかった。
ましてや、中年のチャランポランオヤジの一人旅なぞ、今回の旅では誰一人として会うことはなかった。
(そんなオヤジに逢えたら、多分意気投合していたと思う。)
日本の男性は団体客か、5~6人連れの若い人たちのグループでしか見なかった。
男性の女性化、女性の男性化現象ということなんだろうか?
とにかく、彼女たちは知的で明るい人が多かった。
二人連れの日本人女性旅行客
列車の中では、すぐに給仕から1リットルのミネラルウォーターが配られた。
無愛想な顔で早く取りやがれ、という感じである。
ちょっと、デカ過ぎないか?
500CCでも十分なんだけど、そう思いつつ、もらえるものはもらっておこう、そう思った。
だが、お茶に続いて軽食が出てきたのには参ってしまった。
ホテルで十分な朝食をすませたばかりで、もう食欲がなかったからである。
案の定、なんでもカレーの状況で、実は食欲が満タンだったから、食事の中に入っていた大好きなカレー味のコロッケでさえ、一口しか食べれなかった。
おまけにトマトケチャップでさえ、カレーの味がするような気がした。
いや、あのケチャップは絶対カレー味である、と今でも思っている。
兎に角、まったく、おいしいとは感じなかった。
腹が減っていてもまずかったんじゃないか、と思う。
一方、車内にはライフルをもった警官か、軍隊なんだかわからないがずっといた。
トイレにいくと必ず、その車両出入り口、かつトイレが占めるところの狭いスペースにライフルマンはいたのである。
平和に見えるインドだが、それほど、テロリストは怖いのだ。
入国に際してもパキスタンには厳しいようだった。
(列車のトイレ(インド式)
和式に近いが問題はなんでも水洗だということで、ウオッシュレットなどなく、お尻も手動式水洗方法になる。
だが、中国より、全然きれいである。
ただし、なぜか、鍵が壊れてた。
一等車だというのに???)
そんな中、オジサン風給仕が「口臭消し」になるのだろうと思われるのだが、氷砂糖と何かの実か種のようなものが交じったものを皿に入れて、お客一人ひとりを回っていた。
これは、暗にチップ請求のサインであることは俺はわかっていた。
我々の列にきたら、左側2人組の日本人女性たちは何を言っているのか、要求しているのかわからないようで、「ノー・サンキュー」を繰り返していた。
その給仕は何を言っても「このポンカス日本人野郎、どうせわからないだろう!」、というような顔をしていた。
だから、あきらめてしまい、今度は俺に、その口臭消しを突き付けてきた。
まずい朝食だと思った俺も、「英語わかりません、ノーサンキュー」を繰り返すことにした。
そして、右2人組の女性たちも俺に見習ってノーサンキューを繰り返していたのだった。
欧米人は英語がペラペラだから、しぶしぶ払っていた。
見ていたら、なかにはRs100札だしている人もいた。
彼ら給仕は相当稼ぐに違いない。
そういえば、なんとなく「俺は偉いんだ感」があって、威張っているように思えた。
だから、払いたくない気分の半分はそこからきていた。
制服着ている奴はインドじゃ大体威張っていた。
もしかしたら、日本の中学生の学生服でも着ていったら、インド人もビックリするかもしれない。
まあ、インドで威張ったって何の意味もないけどね。
そうこうしているうちに、ある駅についたが、ものすごい光景をみてしまった。
通勤電車らしいが、もう、ものすごい詰め込み状態なのである。
入れずに窓にしがみ付くやつ、入り口にしがみ付いているやつに、しがみつこうとしている奴。
これは、日本じゃ絶対みられない光景だった。
あまりにもビックリしたので、写真を撮り忘れてしまった。
見て数分後に、あの恐るべき光景を撮らなかったことを後悔した。
周りの日本人女性たちも撮り忘れていた。
そこで、その時と似たような写真をネットで探した。
それがコレ ↓↓↓
まさに、同じだった。
この衝撃に興奮さめやらぬまま、アグラー駅に近づいて行ったが、これまた衝撃なのである。
駅に近づくにつれ、周囲はゴミが増えてくる。
どこをみても、ゴミ、ゴミ、ゴミ・・・。
ゴミの中を列車が走るのだ。
線路を歩くやつがいる。
それも一人や二人じゃない。
何人もいる。
バラックの建物から始まり、徐々に、これが住居なのかと思われる廃墟のような建物ななっていき、その建物の間に牛、豚、ヤギ、犬、・・・。
列車が見えているのに気にせず、お尻をむけてウンコをする男、明らかに乞食と思われ地べたにしゃがんでいる老婆、ズボンをはいていない子供、・・・。
路面はグチャグチャの泥濘とゴミ。
この光景が列車の移動とともに次々に飛び込んでくる。
嗚呼! すさまじい・・・。
俺は、唖然としていたので、またまた写真を撮り忘れたのであった。
(つづく)
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