洞門がありました。
スマホの地図アプリによると旧道はこの洞門の右上にあるはずです。
そこで、アレコレ探してみました。
そして、それらしき道発見!
黄色の矢印へと上がっていきました。
入るところは人が踏み込んだ跡は久しくないという感じ。
かなりの傾斜の狭い道を上がります。
写真の先のようなのですが、かなり荒れてるのがわかりました。
行けなくもないのですが、この先は左に落ち込んだ斜面を行くようになります。
この時、自分はワラーチでしたから、滑ると危ないので止めて引き返し、国道(洞門の中)を歩むことにしました。
(そうすることで、新たな発見があったのですが・・・)
写真は埼玉発おとなの小探検よりお借りしました。
洞門の中へ入ると歩道はトンネルを通らず迂回していました。
迂回すると最初は気がつかなかったのですが、
やぶの中に朽ちた吊り橋があるじゃないですか!
自分だけに限らず、誰でもボーっとして歩いたら、その存在には絶対気付かないでしょう。
なんとなく橋の存在が判りますかね?
本当に草叢の中に何となく見える程度なんです。
ネットで調べたら、吊り橋の昔の写真がありました。
写真はパパが歩く甲州道中よりお借りしました。
2006年11月の写真です。
長垣の吊り橋というそうです。
それが、廃れていき、次の写真が2014年1月の状況
写真は埼玉発おとなの小探検よりお借りしました。
そして、先ほどの草叢の中から辛うじてしか見えない幻の吊り橋になっています。
ちょっと前までは誰でも吊り橋の存在に気がついたでしょうが、今は目を凝らさないとわかりません。
見つけた時は、
発見!
したという驚きがありました。
この橋は、甲斐大和十二景のひとつとされた名所だったようですが、今ではこの様に寂しい限りになってしまいました。
後で判るのですが、この橋は川より相当高い位置に架けられていて、渡ったらスリリングな絶景だったと思います。
地元の観光名所として、維持管理して欲しかった!
甲斐大和駅にある大和十二景(一番右下の写真が長垣の吊り橋)
そして、橋のそばに芭蕉句碑がありました。
観音の甍見やりつ花の雲
この橋とは関係なさそうな句の様ですね。
旧道に戻るには観音トンネル西の信号を右折してループを描くようにして舗装された旧道に入ります。
ループの途中で山肌をへつるようにして下るパスした旧甲州街道が見えました。
滝川一益の追手に追われ、落ち延びた武田勝頼が「武田の守り本尊」を里人に託したという云われのある武田不動尊の案内標柱がありました。
そこで、断崖ではありますが、古い急な石階段を下ってみました。
下の方にはちょっとしたテラスがあってベンチが置いてあり休めるようになっていました。
自刃する勝頼主従(月岡芳年画)
守り本尊(武田不動尊)を里人に渡さなければならないほど、この辺りで勝頼一行はピンチだったのでしょうね。
そんな無念を想いながら、ここで休憩を取りました。
武田不動尊で武田勝頼の無念を想う
暑い日に走ると塩気が欲しくなるものですが、ここ最近は行動食としてコンビニのサラダピーナツを良く買います。
理由は軽いこと、かなりのカロリーがあること、塩分が十分に有ること、歩きながら食べれること、ですかね。
マラソン大会の時もスタミナ補給源として、決して美味しいとは言えないエナジージェルの代わりによく持って走ります。
ただし、問題があります。
ビールが飲みたくなるということです。
(だからでしょうが、コンビニ茶屋ではノンアルコールビールをよく飲みます(笑))
舗装された旧街道まで戻り、再び日川沿いに走り出しましたが、道幅は徐々に狭くなっていきました。
そして、なかなか雰囲気のある街道筋になりました。
(・・・と、自分は感じました。)
名所があるわけでなく、どうということはないのですが、とにかく静かで心安らぐという感じの地域です。
(うまく、表現できなくてスミマセン。)
ただ、残念ながら、すぐ国道20号線に合流してしまいます。
(つづく)
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