つれづれに 

老いてゆく日々、興味ある出来事に私見を添えた、オールドレディーの雑記帳です。

壱岐・対馬ズッコケ旅の巻-2

2006-11-21 | 
 整形外科の受付をすませて待っていると、看護師が問診票に記入するように言う。該当事項に記入して、最後の項目の「現在妊娠している・していない・可能性がある」はババアの私には全く縁のないことなので何もしないで提出した。すると看護師が再びやって来て「ここはどれに○を…」と言う。「私は65歳ですから…」「失礼しました。お若く見えたので…」 普段なら喜ぶところだが、足の痛みでそれどころではなかった。それにしてもあの看護師はよほど目が悪かったのか、それとも私が相当アホに見えたのだろうナ。 
 レントゲン撮影の結果、骨に以上はないし捻挫だろうという。よかった、これが骨折だったら、住民票を写して壱岐島民にならなければならないところだった。担当の先生から突然「△△病院を知ってる?」と住まいから20分くらいのところにある病院名を言われて驚いた。以前に岡山市の出身大学から研修医としてその病院に3年ほど勤務していたとか、世間は広いようで狭いって、本当だなあ。
 包帯で固定してもらい、薬の処方せんをもらって受付で会計をすます。預けていた荷物を受け取りタクシーの手配をしてもらって、病院の玄関口で待っているとタクシーがやってきた。少し通り過ぎたので荷物と足をひきずりながら近付いて行ったら、よそのお婆さんの前で止まり「○○さんですか」、たしかに運転手が私の名前を言ったように聞こえた。だが、そのお婆さんは「はい」と言ってさっさと乗ってしまうではないか。あっけにとられて立ちすくむ私、おかしくなって笑ってしまった。そのうち別の車が来るだろうと待っていたが、待てど暮らせど来ない。20分ほど待って、仕方なく痛む足を引きずり病院内に戻り、受付でもう一度電話してもらった。ようやくタクシーが来て運転手が無線で会社へ報告すると、「○○さんは先程乗車したはずだが…」。 
 添乗員の配慮で、ペンションへ早めのチェックインをして、やっと横になれた。だが、痛みは激しくなるばかりで、立つのも辛くなった。これで無事に帰ることが出来るだろうかと、不安でたまらなかった。杖があれば楽かなと、ペンションのオーナーに相談したが近くに売ってるところがないという。壱岐には杖をつくような高齢者はいないのだろうか。しばらくしてオーナーが代用になればと持って来てくれたのが、庭ボウキの先を折って棒だけにしたものだった。この際文句は言ってられない、結構使えるので有難かった。 
 薬を飲み湿布薬を塗って休んでいたのがよかったのか、夕方一行が帰ってきたときには、即製のホウキ杖をついてどうにか歩けるようになっていた。夕食の時には、ツアーの皆さんから気遣いの言葉を掛けていただきうれしかった。その日の夕食は、鯛尽くしであったが、あまり食欲もない。だが、ツアーには珍しく、和気あいあいと話が弾み、痛みも忘れて大いに盛り上がった。
 翌朝は何とか杖を付いて歩けるようになったが、足が腫れて靴がはけない。痛いのを我慢して押し込んで「もう家に着くまでは絶対ぬがないぞ!」。予定通り出発したが、私はそこからの観光は車中からだ。座席に空きがあったので一人で占領してラクチンなので居眠りばかり。お昼近くになって雨が降り出したが、もうあとは高速ジェット船で博多港を目指すだけだ。
 駄文・長文になったがもう少しあるので、また明日。
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2 コメント

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Unknown (関西のヤングばーば)
2006-11-21 09:57:12
 大変な旅でしたね。でも元来楽天家なのか、あまり深刻にもならず、時には笑ってしまう旅日記ですね。
いろいろあるのがまた楽しい。
 いろんなところへいけるうちはどんどん行って、楽しんで下さい。
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Unknown (オールドレディー)
2006-11-21 20:04:14
 昔はこうではなかったのですが、いつ頃からか開き直ってノーテンキになりました。この方が自分にとっても楽ですね。深刻に考えてもどうにもならないのなら、不幸中の幸いとでも思わなくては気が休まりませんものね。
 でも、旅行も足腰の達者なうちにということが身に沁みて実感しました。あと何年行けるか、そう思ってできるだけ行くつもりです。でも、懐と相談しながらでないと、長生きした時スッカラピンだと困りますからね^_^;。
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