ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・37

2012-03-21 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
 アユミの帰国が決まった。2日後、水曜日の夜、だとすればデリー警察が関与せず大使館の保護下で帰国することになる。日本からお父さんが迎えに来られ、それまで何かしら張詰めていた彼女の心は解放されているようだ。二十代の女性ひとり旅、多分20Kgぐらいはあるだろうバックパックを背負って、どういう目的があっての旅だったのかぼくは知らない。だが厳しい旅であったに違いない、それだけはぼくにも理解できる。男のぼくでさえ気を弛め心身を休める事が出来るのはホテルの部屋に入り内鍵を掛けてからだ。バックパックを担いでの移動中は神経を使う、一瞬のミスが全てを奪い取ってしまう。アユミはネパール行きを止めて日本へ戻ることを選択した。肉親の愛は旅に疲れたアユミの心を和ませてくれるだろう。
 手紙など書かない姉が今回3度も心配して手紙をくれた。何度も何度もその手紙をぼくは読んだ。日本に帰りたい、肉親に会いたいと、そうも思った。生き続けることの辛さ、苦しさだけを感じて旅を歩いている。痩せこけ白髪の老人のようになったぼく、自分の姿に自分自身情けない。でも楽しかったんじゃないのか、ドラッグをやっていたときは。楽しいドラッグだったよな、だったら死ぬまでドラッグを続ければ良いんじゃないのか。粉を続ければ日本へ帰ることは出来ない、どうせくたばるつもりで日本から逃げ出してきた。未練だな。日本、肉親、友人、未練に生き煩悩に苦しむ。人生とは何ぞや、仏陀は何と云うか。あぁ長生きなんてするものじゃない、今日も生きる事は面倒臭いと書いて終る。  
 
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・36

2012-03-19 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録


   12月18日(月)(入院して15日)

 気分が重い。動かない身体がそれを助長する、悪の循環だ。小さい病室では歩き回るスペースもない。毎日大量の薬を飲んでいる、気持ちが苛立つ。入院して15日目か、禁断の峠は越えたが回復率は50パーセント以下だろう、身体の痛みと不眠は残っているはずだ。処方薬で抑えているが退院は無理だ。この病院で治しておかないと帰国は出来ない。後どのくらい入院が必要なのか、ぼくには分からないが最終的にはドクターが決める。耐えるしかない。退院したら1週間以内にカトマンズへ逃亡しなければならない。それ以上デリーに留まるのは危険だ、スタッフの魔力に引き摺り込まれる。落とし穴と罠が仕掛けらたデリー。
 今日大使館員のCさんと日本からアユミのお父さんが病院へ来られた。お父さんを一目見てちょっと吃驚した、60歳だとアユミから聞かされていたので、ぼくなりに頭の禿げたおっさんをイメージしていた。スーツにネクタイ姿で頭には黒い髪がちゃんとあった。痩せこけて白髪だらけのぼくの方が余程、年寄りに見える。長い旅と11ヶ月の刑務所生活そして精神病院と辛い日々が続いている。ベルトコンベヤーで流されるような東京の生活から逃避し、のんびり楽しく生きようとネパールを選んだ。デリーへスタッフの買い出しに来て1年と3ヶ月が過ぎた。ぼくはまだカトマンズへ戻る事が出来ない。ぼくにとって良き日々はないのか、八方塞がりで出口は遠い、気力も体力も失ってしまいそうだ。ドラッグだけが唯一の旅とは、どうしてそんな人間になってしまったのか、ドラッグ、ドラッグの毎日だった。
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・35

2012-03-09 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
 病室から出て行くドクターの後姿を見てぼく達は肩の力を抜いた。何故こんなに早いのだろうか往診ではない、アユミに大切な話しがあって来られたのかもしれない。
「私に話しって何かしら?」
「アユミの退院についてじゃないかな?」
暫らくするとアユミは戻って来た。
「タバコ、貰っていい?」
タバコを一服する間合いが欲しかったのだろう。
「3日後、退院したら日本へ帰ることになったの」
彼女はタバコをぼくに渡した。渡されたタバコの煙を見ながら、ゆっくりと吸った。
「う~ん、そうなの」
言葉の先は消した。慰めの言葉なんてアユミには必要ない。旅の終章をアユミは決断した。ひとりの旅人であったとぼくの心の記憶に残す、それ以外ぼくに出来ることは何もない。
「おやすみ」
アユミが去った足音とタバコの煙だけが残った。
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・35

2012-03-08 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
 

 ラウラシカの食事の準備が遅れた。遅くなるのが当り前のようになり、ここ数日それが続いている。寒い病室でアユミと遅い夕食をとり、1本のタバコに火を点け2人で吸った。食後の一服は美味しい。病院では一応、禁止されている。シスターが何時、病室に入ってくるか分からない。1本のタバコを2人で吸えば終わりは早い。ドクターの往診は夕食後にあるが毎日というわけではないし時間も遅い。ドアをノックして病室に入って来るのはドクターだけだ。
今、ドアがノックされた。ぼくとアユミは目を見合わせ
「どうして、こんなに早いの?」
そんな顔をして、2人は慌ててタバコの煙を窓の外へ出していたがドクターに見られてしまった。ドクターはタバコを吸われない。臭いですぐ分かるだろうがタバコの件について注意はされなかった。
「調子はどうかな、トミー」
「順調に回復しています。ドクター、お願いがあります。薬を少しずつ減らして頂けませんか?」
「検討してみよう、返事は少し待って下さい」
「アユミ、後で事務室に来て下さい。君には少し話しがあります」
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・34

2012-03-07 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
 鬱陶しい介護師が居なくなると、今度は病院の使用人が勝手にぼくの病室に出入りするようになった。初めは気晴らしで良いかと思っていたが、テレビを見ては一時間が過ぎても動こうとしない。人気番組でも始まると患者までが勝手にぼくの病室に入ってきて大騒ぎをする。たまったもんじゃない。特別個室は3部屋しかない、テレビが備え付けられているのもその3部屋だけだ。他の2部屋は高カーストのインド人と女性のアユミの病室でそこには入って行けない。大部屋の患者が団体で来てヒンディー語で騒ぎ出したらぼくは外へ逃げるしかない。インド人が集まると何を話しているのか分からないがとにかく煩い。ぼくだってかなり頭のネジやら配線の修復が必要なんだ。配線回路の迷路が無茶苦茶になっている奴が来て、ごちゃごちゃとやられたら堪忍してよと言いたくなる。この厄介者のテレビを大部屋に持って行ってくれとシスターに頼んだら
「それは院長がお決めになることです」と言いやがった。
頭のネジが逆戻りしてもえ~~ん~~か~~?おぉ~こら、ねぇ~ちゃん。ふ~~~頭にきた。 
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・33

2012-03-06 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
  

 今日は何だか気分が重い。毎日、変化のない病院生活だ、入院して2週間が過ぎようとしている。症状は下半身の衰えが特に酷いが他はまあ々順調に回復している。一時、中断したとはいえ通算4年間のドラッグ生活による体力の衰えは著しいものがある。気分も時々激しく苛立ちどうしようもないそんな自分に苦しむ。長期にわたるスタッフの常用は脳に作用して精神的異常をきたすのかもしれない。特に脳の記憶部分を破壊しているように思える。精神病院で治療を受けながら毎日こうしてノートを書いている。漢字が全く書けない。日本から送って貰った和英中辞典の漢字を頼りにして書いている。人名や地名、それにいろんな日常生活に使う物や道具の名前が、アユミとの会話の中で言葉が詰まって出てこない。確かにスタッフはダウナーだし心身に良いわけがないのは分っている。それでも止められない、恐ろしいドラックだ。
 二ナの頭の中はどうなっているのか。彼女は20年間もスタッフを吸い続けていると言っていた、二ナも若くして死ぬのだろう。将来とか希望とかそんなものとは無関係に、その日々を粉に酔っていれば良いのだ。苦しい事など何もない。眠りたければ眠り、食べたい時に食べる、まるで動物のような生き方だ。
 保釈されて1年振りに会ったフレッドは小さくなっていた、ぼくは別人だと思った。強靭な肉体を持っていたアフリカン・フレッド。粉が日々、彼の身体に侵食し肉体も精神も食い潰していた。それはぼく自身にも言える。粉を止めてぼくは心身の平安を得ることが出来るのだろうか、そんな事を考えているとまた生きる事が面倒臭くなってくる。
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・32

2012-02-23 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
   
   
    12月17日(日)(入院して14日) 
 
 昨日マリーが帰った後、ぼくは異常な心理状態に陥った。
「逃亡」
成否に関わりなく様々な要因が、まだ正常に機能していないぼくの脳内に渦巻いた。危険度数は、成功率は、体内に共鳴し聞こえてくる心臓の鼓動に息苦しくなった。だが思考は中断なく進もうとする。
「冷静になれ」
何度も呟いた。ぼくはまだ薬物禁断の治療が必要だ。回復率は60パーセントぐらいだと判断している。退院まであと1週間から長ければ2週間は必要だ。
「急ぐ事はない」
治療による正常な脳機能の回復と同時に綿密な逃亡計画を作成すれば良い。
夜間当直のシスターに睡眠薬の追加を頼んだが断られた。
少し眠ったのだろうかドアを開ける音を聞いた。テーブルに朝のティーを置いて出て行くラウラシカの後姿を見た。
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・31

2012-02-22 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
 ネパール行きについてマリーは何度もぼくに勧めた、がそれを理解することができなかった。毎日スタッフがぼくを破壊し続けているのに。
彼女はアルファーに預けてあるぼくのスタッフはもうないだろうと言った。
「ナイジェリア人のアルファーを信用するなんて、馬鹿げてるわ。彼はそのスタッフを売り捌いているのよ」
自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしてきた。もうそんな事はどうでも良い、早くここを出てカトマンズへ行こう。粉はどうする、止めると淋しいだろうな、ドラッグのない生活をやっていけるのか。もうインドへ買出しには来られない、自然に吸えなくなるのか。カトマンズでは高いし自由に手に入るわけじゃない。100gは買っていくか、そんなことを考えると面倒臭さいな、生きることも面倒臭い。目は悪くなっている、歯はガタガタだし身体はボロボロだ。だから生きていたくないんだ、自然に死ねないのかね。
一度日本に帰ってみるか、最後の日本。
でも帰ってみても楽しい事など何にもない。
とにかくカトマンズに無事着いて落着いたら先の事はその時点で考えよう。今ある問題を一つ々解決していかなければならない。
 
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・30

2012-02-21 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
 彼女の話しではピーターは11ラークを支払ってリリースされると直ぐネパールへ逃亡したそうだ。ビルは大きな事件に関与していたのだろう、保釈されていたが毎日パテラハウス高裁への出頭を命じられていた。彼は綿密な計画を立てチャンスを待っていたに違いない、オートバイを準備し決行の日をヒンズー教の祭日と決めていた。裁判所への出頭後、彼はオートバイで国境へ走った。翌朝カトマンズのイギリス大使館に逃げ込むと、後は大使館が出国の手続きをやってくれる。
 外国人の相次ぐ逃亡によってデリー裁判所は管理を強化するだろうし、国境の警備も厳しくなっているだろう。馬鹿なのかぼくは、何一つ自分で決断が出来ない、マリーから何度もネパール行きを進められていたのに。
 最初、依頼した弁護士は7ラークを払えば3月迄にぼくの裁判を終らせると言っているそうだ。ちゃんとした弁護をしたとは思えない彼には弁護費用を一切払っていない。バクシ弁護士に4ラーク払ってもそれは単なる保釈のための費用であって裁判の終了を意味しない。来週には病院を退院し直ぐネパールへ逃げよう、それしか方法はない。迷うな、迷いは決定的なミスを生む。印・ネ国境はパスポートがなくても何とか抜けられる。だが安全に通過するにはネパール人のサポートが必要になる。カトマンズで新しいパスポートを作らなければならないが、これがそう簡単ではないかもしれない。在インド日本大使館がどのような動きをするか、それ次第と言えるかもしれない。
 逃げるのか、あまり良い気持ちじゃない。裁判を終らせてネパールへ戻りたいのだが、後7ラークはとても払える金額ではない。弁護士はどんな手を使って裁判を終らせるつもりなのかぼくには分からない。もし7ラークを払ったとしても確実に裁判が終るという保障はない。何でぼくはこうへまばかりやっているのか。
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・29

2012-02-10 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
   12月16日(土)(入院して13日)

「ハァーィ・・・ ワァ~ゥ ずいぶん良くなったみたいね」差し出された手の平と指先は握るとふっくらとして温かい、マリの面会。午後、彼女は1人でぼくの病室に入って来た。病院スタッフは正確にぼくの心理と症状の変化を理解していると言える。13日間の禁断の苦しみを乗り越えた中毒者は逆戻りしないと。
「トミーは何故カトマンズへ逃げないの?」
彼女から何度も聞かされた言葉だった。
「ビルはオートバイで印・ネ国境を走り抜けたわ。ピーターもリリースされると直ぐカトマンズへ逃亡した」
「何を考えているの、トミーは?」
マリーの目がぼくに問う。ぼくはカトマンズの外国語学校でネパール語の勉強をしていた。大学でサンスクリットを学びたいという希望を持っていたから。その為には今回の裁判を正式に終了させなければならない。ぼくはカトマンズで勉強が続けられるという甘い考えに拘っていた。だがデリーでの裁判は何年かかるか分からない、その事情を彼女は知っている。
「退院し裁判が続いている間、ドラッグをスタート・アゲインしないと約束できるの?」
それが無理だったら、この病院での治療が終り次第、逃亡してでも帰国すべきだ。今までにない彼女の強い意思をぼくは理解した。正論だ、それしかぼくに残された道はない。
「10年待てばインドへ戻って来られるわ」
 もうネパールへ逃亡するしか方法はない、今、やっと決心がついた。
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