午後4時頃、Bさんが来てくれた。ぼくはすべてを話した。こうして治療を受けている間は禁断を圧さえる事ができる、しかし依存症は残る。暫らくは我慢出来るだろうが何れまたスタッフに手を出す。治療が終った今、帰国し日本の精神科で治療を続ければ依存症を治す事が出来る。
印・ネ国境はネパール人の手助けがあれば抜けられる。カトマンズの日本大使館が速やかにパスポートを交付してくれるなら帰国は可能だ。Bさんは黙ってぼくの話を聞いてくれた。ぼくの話が終るとBさんは
「それしか方法はないでしょう。29日の退院という事でドクターに話しをしましよう」
それしか方法はない・・・Bさんは黙認した。逃亡による成否の責任の一切はぼくにある。
大使館は28日で年内の日程が終り閉館される。Bさんは29日も仕事があるらしい、ぼくの退院手続きが遅くなっても大使館で待つ、と言ってくれた。
夜中だが何時頃だろう、薬を減らしているので肩の痛みと不眠は続いている。シスターは夜間巡回をしていたのか、以前は眠っていたので知らなかった。先程、シスターから痛み止めを貰って飲んだ、効いてきたのか少し痛みが引いたような気がする。29日、金曜日の退院が決まった。退院してデリーに滞在できるのは4日間だけだ、出発の準備は整うだろうか。ネパールの滞在を含めて約2週間でぼくの旅は終る、帰国するしか他に方法はない。1月の最も寒い季節の帰国となるがそれで良い、2ヶ月も経てば春になる。今が底だとすればこれ以上、下に落ちる事はない。長いどん底の生活だった、もう終わりにしたい。